子どもが終わる時
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イチマンキュウヒャクゴジュウナナンブンノイチ
2026年2月17日

クロウタドリさんアンサーありがとう! ずっと駅近を選んじゃうのは、子ども時代を過ごした家の感覚や暮らしぶりが、無意識に快適として、染み込んでいそうだよね。
皆さんが細かく書いてくれたのが面白かったから、わたしももうちょい書いてみよう。写真はもう10年以上前に出版された「団地に住もう!東京R不動産」の1ページ。“住み継ぐ家族の物語” として取材していただいた。(ちなみに33号棟の壁を望む34号棟の部屋。ペンネームの34はそっから取っています)
賃貸の団地をずーっと住み継いで暮らしていた。始まりは、50棟を超える新築マンモス団地の抽選に母の叔父が当たったこと。その直後に山形から短大進学で上京した母が賃貸の権利を譲り受け(今は多分無理だけど、当時は出来たらしい)、母が18歳で団地で一人暮らしを始めた。
数年後同じく山形から上京して来た弟と、姉弟ふたりで暮らし、その後父と結婚することになり、おじさん(母の弟)を出して新婚生活スタートしたそうな。そっから、わたしが生まれて、弟が生まれて、長らく4人で住んだ。弟が20歳を過ぎるまで、2DK45㎡4人暮らし。しかもうちの家族は全員165cm以上とデカい。どう考えても狭い。
今となっては、どうやって住んでたんだっけ?と思うけど、生まれてからずーっとだと、それが当たり前で特に疑問はなかったような。小学校はみんな団地の子だったし、中学に行ってもそれほど違和感はなかった。けど私立の女子校に進学して、おや?もしかしてウチって狭い?? え、ビンボーなの!? っと思った記憶はある。笑
わたしはフリーターで弟は大学生の頃、両親は祖父母の介護を理由に引っ越した。そこからしばらく弟とふたり暮らし。途中で犬も1匹仲間に入れてわりと楽しくやっていた。お互い30歳を過ぎた頃、このままじゃ我々ヤバくね? 笑 って話になり弟を出して、1年くらい犬1匹と一人暮らしをした。考えれば、それが唯一のひとり暮らしだ。そっからいつの間にか、彼(今の夫)と同棲みたいになって、数年後に結婚。そっからは以前書いた通り。
常に気配どころか、視界のどこかには家族がいて、家での会話は全部家族みんなが聞いているみたいな状況だった。当時はもちろんケータイもなく、家電で話す友達や彼との会話も全部筒抜け、プライバシーとか皆無だったな。ま、振り返れば全部いい思い出◎
そこに良い悪いは無いけど、家族構成と同じように、生まれ育った街や住まいは少なからず人格形成に影響しているよね。そんなわけで、わたしは広い家が苦手。一度だけ2階建ての戸建に住んだ。庭やルーバルもあって楽しませてもらったけど、全然落ち着かなかった。3人暮らしでトイレ2個とかいらんしーって思ってたな。
思うがままにダラダラ書いて長くなってしまった。
ゆかちゃんもアンサーありがとう!今度東京来る時は、時間あればぜひ懐かしの藤沢にも遊びに来てくださいな。そしてゆかちゃんが住んだ所、巡るツアーしよー♪