噛み合わじ。
今日はことあるごとに噛み合わない、と感じることが立て続けにおきた。 100円玉を3枚入れて、ガチャガチャを回す。 硬貨が...
島縞
シマシマ
2025年8月28日
浮記さんの『すいか』の描写に、ひたすらみていた若い頃を思い出した。
『ハピネス三茶』の響きだけで、あの世界が蘇る。
川で冷やして食べたり、せんべいを吸いながら食べたり、そういうなにげない日常の中に、友人が横領で逃亡したり、本の重さで二階の床と天井に穴が開いたりのありえない事が起きて。
終始、ひぐらしの声や風鈴の音が頭にひびく。
昔から、そんななにげない日常をひたすら丁寧に描く場面のあるドラマや映画がたまらなく好きだった。
揚げ物をあげる音がただ流れていたり。皿を拭いてしまいながらなんてことない会話をしたり。
キラキラやドキドキも好き。
なんだけど、どこにでも、いつでも、ただそこにある。そんな場面をずっとみていたくなる。
もしかしたら、そこにそうして暮らすひとたちの、健気でひたむきに生きる姿がたまらなく愛おしく感じてしまうのかもしれない。
それは、現実でも確かにそこにあって、でもついつい見逃してしまいそうになる。
本当はそんなものが必要で大切なものなのに。そういうものを見逃さず、ちゃんとみせてくれるから、気づかせてくれるから、だから好きなのかも。
うまく言語化できないけれど、ただ心地よくみていたその理由に、少しだけ近づくことができて、やっぱりそうだよねと思う。
私は、そんな何気ないものに溶け込んだ気持ちを綴りたいのだ。
そうして、ソフィさんの言葉に、saicoさんの同感に、私も同感!と両手を上げて伝えたい。
浮記さんが、三十年商店を『ハピネス三茶』と似たような場所だと言うのをいい得て妙だと思う次第。