制約と誓約
渋谷の地下通路にHUNTER×HUNTER の看板。ジャンプでの連載は休止しているけど、いまなんか新しいものあったかな?...

風早草子
カザハヤソウシ
2025年10月25日
今日も朝から冷たい雨が降ったり止んだり。中学生はマラソン大会ということで、体操服で小雨の中、自転車で学校へ。特に双子2号は昨日の練習でベストタイムを1分くらい伸ばして学年19位になったそうで本番に向けて気合が入っている。
しかし、雨はなかなか降り止まず、気温も低いせいか、結局マラソン大会は中止、という連絡が学校から来た。在宅勤務なので休憩時間をとって観に行こうか?と思っていたので残念。延期ではなく、中止だそうで双子は残念がっていた。マラソンが嫌いな子も多いので、中止を喜んでいた子も多かったようだが、うちの双子は残念派だったようだ。

それでもその後、雨が止んだら休憩をとって走ろうかな?と思って、チラチラと外を伺っていたけど、結局、天気はぐずついたままで家からほぼ外に出ずに一日が終わり不完全燃焼。家から外を見ると畑のジャガイモがずいぶん茂っている。土寄せもしたし、どのくらい収穫できるかが楽しみ。

ちなみに私が植えたジャガイモ、アイマサリというあまり耳慣れない品種だったが、調べてみると、2017年に登録された結構新しい品種らしい。大玉で多収で病害虫にも強い期待の新品種で、開発したのは長崎県の農林技術開発センターということ。長崎県は実はジャガイモの生産量は北海道に次いで全国2位らしい。もちろん北海道は桁違いに多いのだけど。札幌にいた頃、十勝の畑作地帯を長期間取材していた時があったが、十勝の広大な畑作地帯、ジャガイモの花が咲く季節は夢のような風景だった。車で走る両側に広がる果てしないジャガイモの花畑。メークインはピンクで男爵は白い花。私が主に走り回っていたのは音更町というところだったが、美瑛や富良野みたいに観光名所になっていないので、観光客とかカメラマンどころか、人っ子ひとり歩いていない。私にとってジャガイモというとその十勝の強い印象。その翌年、北海道から長崎五島に取材に行くことになり、密着取材していた養蜂家のトラックで福江島を隅々まで走り回る中、島でよく作られている農作物ってどんなものですか?と聞いたら、「この辺りはじゃがたらとかが多いねー」と優しい口調で教えてくれたのを何故かよく覚えている。あー、こういう島でもジャガイモ作っているんだ、となんだか当時は意外に思った気がする。
ちなみに私がホームセンターで買った種芋、栽培したのは広島県安芸津町の農園だった。今は東広島市に合併されているが、かつては安芸津町だった。広島はジャガイモの生産は特に盛んな県ではないが、安芸津のジャガイモは少し有名だった。私が広島でイノシシの番組を作ろうと取材を始めて最初に行ったのが安芸津町だった。時期が4月で、まだ米とかが作付けされていない季節だったため、ジャガイモの生産地の安芸津へ行ったのだ。アポとかないままクルーを連れて現地に入ったのだが、我々としては運良く、植え付けたばかりの種芋を前日イノシシに食い荒らされてしまった、という農家に出会い、被害を受けた畑とインタビューを撮ることができた。まあ我々にとっては「運よく」だが、農家は大損害で飛んだ災難だ。その後、半年間続けたイノシシの取材、最後まで撮影に苦労した重要なワンピース、夜の田んぼに出てきて稲を食い荒らすイノシシ、というカットを最後の最後にものにしたのもそういえば安芸津町だった。真っ暗闇の田んぼの端で黒い布を全身を包み赤外線カメラを構えて一人での張り込み。我ながらよくやったと思う。正直、とても怖かった。でもあのカットは、北海道で積み重ねた農業取材の経験、バードウォッチャーとして培ってきたフィールド観察能力を総動員した上で、入念かつ周到で迅速な方法を用いてものにしたもので、私以外のディレクターではまず撮影できないだろう、という自信のワンカット。その後、何年経ってもイノシシの番組を作ろうとする後輩たちから「あのカットを使わせてください」という依頼が続いたものだった。ああ、年寄りの武勇伝になってしまった。(笑)アイマサリから話が逸れすぎました。失礼しました。
この歳になると、何かのワードに紐づいて呼び起こされる記憶のネタがとても多くなるのだけど、いちいち話す相手もいないので、ちょっと日記に書いてみた次第でした。

神奈川県葉山町/58歳