「幸せのものさしが違うんやな」母
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...

エフェメラ!
エフェメラ!
2026年2月20日
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶともなしに記録しようと思う。言葉は儚いものであるからこそ、今このときを確実に残してくれるから。
「まず、漠然と、抽出しの思考と倉庫の思考ということを、私は考えている。そして、抽出し思考というものには、組みすることはできない、とも考えている」
草森紳一「「急がば、回れ」か 抽出し人間と倉庫人間」『本に狂う』
『本に狂う』をちびちび読んでいる。著者の草森紳一は、まず書店に並ぶ新書『本が崩れる』の書き手として名前を知り、その後、坪内祐三の文章で「雑文の書き手」として認識したんだと思う。その文章は、2009年の「本の雑誌」に載った「昭和の雑文家番付」というやつで、草森紳一は「関脇」として登場していた。
横綱に植草甚一、種村季弘、内田百閒、大関に山本夏彦、吉田健一、ほかに武田百合子や殿山泰司、国立からは山口瞳、嵐山光三郎なんかも入っていた。
僕自身、だいぶ影響を受けた番付で、大抵の人の著書はぽつぽつ読んできた。ただ、草森紳一は例外で。というのも生きている本が少なく、それだけに気になる存在だった。一昨年の夏、古本を漁りに大阪に行ったときに『まんだらけ』で大量の草森本を見つけて、まとめて4、5冊買い、それで満足してしまって、ついに積んでしまっている。
そんな状態で新刊『本に狂う』を読んでいる。なんとなく知っているけれど、ちゃんと飲んだのはなんだかんだ初めてみたいな感覚で、ぐんぐん人物像が浮かび上がってくる。編集が素晴らしいのか。
草森紳一は「雑」の人で、それは著作群からも伺える。僕が持っている本だけで言っても、そのテーマは「ナンセンス」「カメラ」「穴」「子ども」だったりと雑多だ。そのベースには「中国文学」あるいは東洋思想があったらしいということが『本に狂う』を読んでわかってきた。その東洋思想を端的に示すのがエフェメラで、「倉庫の思考」というがなかなか面白いのだけど、うまく消化し切れていないので、書くのはまた別の機会に。(113)
エフェメラ/「一日だけの、短命な」を意味するギリシャ語「ephemera」。転じて、チラシやポスターなど一時的な情報伝達のために作成される紙ものなどを指す。短命だからこそ、時代を映すとされ、収集の対象になっている。
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...