2026年3月11日
「陶芸美術館に行ってから焼物を買おうとすると、目が肥えてしまってなかなか買えなくなってしまいます。ご注意を!」Googleマップの口コミ
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶともなしに記録しようと思う。言葉は儚いものであるからこそ、今このときを確実に残してくれるから。
「陶芸美術館に行ってから焼物を買おうとすると、目が肥えてしまってなかなか買えなくなってしまいます。ご注意を!」
Googleマップの口コミ
週末に益子・宇都宮をぶらぶらしたのは、もろもろの日記のとおり。一泊二日だし、なんなら行きは在来線だしと、小旅行と呼ぶのもやや気がひけるような規模だけど、これが結構心地よかった。ひと月前に日取りと宿だけ決めて、あとはパーッと行くだけ。まあ気楽。
事前に調べておくと言っても、京都でなしにそう行くところもないので(笑)、よさげな定食屋と居酒屋、古本屋、あと民芸絡みのもろもろをおさえておけば問題なし。で、そんなリサーチ中にほしばが見つけたのが、このエフェメラ「目が肥えてしまってなかなか買えなくなってしまいます。ご注意を!」。
益子陶芸美術館のGoogleマップの口コミで、目が肥えるかなあと言い合っていたのだけど、肥えた。肥えた、というのは正確ではないかもしれないけれど、少なくとも僕は益子まで行ってひとつも益子焼きを買わなかった。
見たのはこの美術館ではなく、すぐ近くにある濱田庄司記念益子参考館。やれ濱田庄司、やれリーチと名のあるものは確かにたくさん見た。流れで覗いた店々の陶器は確かになんか惹かれなかった。
その違いは……なんだろう。単に知ってるものをみてありがたがったということは多かれ少なかれある。これと似てるけど、陶器にせよ本にせよ映画にせよ、新しいものより古いもののほうに魅力を感じている、ということもあると思う。もうちょっと言うと、新しいものには、古いものが時間をかけて落としてきた(というか、歴史の重なりのなかで薄まってきた)「商売っ気」がまずまず感じられるのが気になるのかなあ……。釉薬の使い方、色の出し方、形状なんかに、作り手のトレンド志向を感じたというか。もちろん悪いことではないんだけど、エバーグリーンな作品を見た直後じゃ分が悪かったのかも。
話は変わって、旅行はエフェメラ(本家)の宝庫でもある。一泊二日でもこれだけの紙ものを収集した。

これに限らず、エフェメラ(日記)もいろいろと。
「愚痴ついでにチクっていいですかあ?」
益子の古本屋で、女性客が店主に言ったひと言。女性客は二人組で、この日、僕たちと回るルートがほぼ一致していた。店で出くわすのはこの古本屋を含めて4回に及ぶ。益子常連のマダム風情で、古本屋の前に訪れたカフェ(ここでも二人に遭遇した)の文句をヅケヅケ話していた。なかなかのクセキャラで、僕らの話の種になった。
「右足やってないやろ」
歩き通した益子の駅前で、僕がほしばに言ったひと言。やってない、というのはツボ押しのことで、最近知った足三里をほしばに伝授。両足やりなさいと指南した。松尾芭蕉が『奥の細道』探訪中にも押したと言われるツボの王様・足三里。マジで効果あった。
「やっぱり打ちっ放し……」
ホテルでドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』を見ているときに僕がほしばに言ったひと言。言いながら振り向くと、ほしばは寝ていた。サムネで見てはいたが「やっぱり打ちっ放し」。この件は、翌朝、モーニングを食べながら話題にした。『冬春』については別途にいろいろ書きたい。
「このブラインドを閉められるのは僕だけなんだよ」
宇都宮の朝。打ちっ放しの件を話した、喫茶ブラジルで、常連客がブラインドを閉めながら僕らに言ったひと言。「後ろごめんねっ!」といいながら朗らかにブラインドをおろした常連のおじさん。そのあと腰を下ろして、親族らしい別のおじさんに怒りながら頭をペシペシ叩いていた。これも僕らの話の種に。
「20人抜き(ドヤ顔)」
さてぼちぼち帰ろうか。宇都宮駅の喫煙所にいた僕に、近づいてきたほしばが言ったひと言。僕が一服している間に、ゴンチャでタピオカドリンクを買っていたのだが、あまりの行列でアプリを起動・発注。結果、列をつくる高校生を20人追い越してタピオカをゲットした。「これが東京の大人やでえ」とは言ってない。にしたって、大人気ない。(124)
エフェメラ/「一日だけの、短命な」を意味するギリシャ語「ephemera」。転じて、チラシやポスターなど一時的な情報伝達のために作成される紙ものなどを指す。短命だからこそ、時代を映すとされ、収集の対象になっている。
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