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    風早草子

    風早草子
    カザハヤソウシ

    成瀬シリーズ新刊

    三連休中日だけど、休日出勤。というか朝の7時からPC起動して諸々調整。ヤバい。

    その気を紛らわそうと、電車の中で読書。「ナルセの新刊出てたよ」と子どもに教えられて買ってきた。ベストセラーなので内容は言わずもがなだと思うけど、私はこのシリーズ、好き。何というか、うちの双子には読ませたけど、世の中の中学生全員に読ませたい。(笑)

    主人公成瀬が周囲の目など全く気にせず、やりたいことを躊躇なくやっていく姿勢が好き。そう、こんなことしたら人にどう見られるのか?どう思われるのか?なんて、あとで大人になっても思えば、些細な話なので、そんなことでやりたいことをやらないのは勿体無い。成瀬は出たいと思ったら中学生だけど漫才のM-1にも出るし、頭を丸刈りにしたり、びわ湖観光大使になったり、けん玉要員として紅白に出場したりする。まあ、それに付き合わされて、全校生徒の前で一緒に漫才をやる羽目になる幼馴染の凡人同級生の島崎は災難なんだけど。でもそんな島崎も破天荒な成瀬に付き合わされることで、図太く逞しく成長していく。やらずに後悔するより、やってみた方がきっと面白い。

    かくいう私は紅白出場のチャンスを中学生の時、自ら振ってしまった過去がある。例の最後に日本野鳥の会の皆さんが双眼鏡で観客を数えるやつだ。のちに大学の野鳥サークルの担当になったが、初期は日本野鳥の会のメンバーがやっていた。当時、野鳥の会のレンジャーが駐在する野鳥公園でボランティアをやり、様々な調査にも識別技術に長けた中学生として参加していた私と友人にも、当たり前のように「紅白に出てくれない?」という打診が来ていた。たぶん2年目くらいのことだと思う。しかし、私たちは躊躇した。小学生の時は自然観察クラブなんてものを作り、堂々と無邪気にやっていたのだけど、中学生になると、野鳥観察という根暗な趣味は、むしろ隠蔽していた。当時は今よりオタク的な存在に風当たりが強かったように思う。というか、私たちがそういう存在を毛嫌いしていた。私たちは中学では、陸上部のエース、剣道部の主将としてそれぞれ運動部系陽キャ的ポジションを確保することに努めていた。それが視聴率70%の番組で双眼鏡構えてカウンターをカチカチしていたら、どう見られるか?また前年の参加者がステージに上がる際に着せられていた揃いのトレーナーがダサかった。あれを着て全国に姿を晒したら、オレたちのイメージは?みたいなことを思って、我々二人は紅白を辞退してしまった。

    その後の人生で「野鳥の会です」と言ったら「紅白出たことあるの?」と何回聞かれただろうか?「誘われたけど出ませんでした」と答えてきたけど、「出ました!」の方が面白いに決まっている。そして辞退したものの、本当は行ってどんなところか見たかった。そういう絶好のチャンスを中二病で逃してしまったのは本当に勿体無い。ただこういう説教くさいことは大人が言っても中学生には響かないような気もする。でも、成瀬の本読んだら、響く子もいるかも?

    ちなみに今回の新刊は成瀬が京大に進んでからの話なので、舞台は京都で、森見登美彦の影響を受けてどこにもコタツを持ってきて鍋をするサークル員が出てきたり、私が暮らしていた左京区の一乗寺とか北白川が出てきて、それも面白い。京大は、森見登美彦の小説の影響で志願する学生が増えた森見後と、森見前で時代が違う、みたいなネタも書いてあった。なるほど。まあ京都は鴨川ホルモーとかでも舞台になったし、最近は京大生のYouTuberが人気だったりで、志望者は増えているとかいないとか。

    森見登美彦さん自体が私よりかなり年下だし、まあそもそも京大でもないのだけど、私の学生時代は完全に森見前だ。でも学生生活はコタツで鍋の森見的だったかも。バブル絶頂の当時、親に買ってもらった良い車を乗り回す付属進学生が、ワンレン彼女を連れて、クリスマスはどこのホテルを予約した?なんてやっているのとは無縁だった。でも3回生の頃、どういう縁か、我々と一緒に遊んでくれる文学部の女子の友達ができた。我々と同じ地方からきてる一人暮らしの女子たちだ。彼女らが時々「鍋やろうよ」と誘ってくれる。福井高浜出身の男は実家が電気屋で、豊富な家電を所持していて、電気式の鍋も持っていた。女子から誘われると、私と埼玉出身の修学院に住む男は具材と酒を買い出しし、高浜の男は鍋を持って、全ての準備はお任せ、という体制で会場の女子の家にいそいそと出掛けていた。我々冴えん男子、ヒマだったのである。「あいつら3人誘ったらいつでも来るで」と女子から「男キャンデーズ」という謎の愛称も付けられていたけど、我々にとって一緒に遊んでくれる女子は大変貴重で楽しかった。(笑)グループの子と、誰も付き合ったりはしていなかったのだけど、仲良く楽しくしていた。我々のダサさに近いようなやや垢抜けない子達だったけど、4年になり、就活とか百貨店でのバイトをし始めると、みんな急にきれいになっていってしまって、少し眩しかった記憶がある。懐かしい。

    時間を持て余しながら、自分の進路も将来も定まらず、イライラするような時間の流れの遅さを感じていたのだけど、振り返れば、私が左京区一乗寺に暮らしていたのはたったの2年だ。今ならあっという間に感じるだろう。

    当時一緒に鳥を見にいっていた京大の連中は今はどうしているのだろう?私は自分の大学にまともな鳥サークルがなかったため、野鳥の会で知り合った京大生の紹介で理学部の野鳥サークルに入っていた。毎週一回理学部の教室であるサークルのミーティングに参加していた。家が一乗寺だったので京大は自分の大学よりむしろ近かった。サークルのメンバーが主に下級生でみな理学部。大人しくて真面目な子が多くて、京大生、という感じ。そんな彼らを私の車に乗せてやって、東北とか九州まで遠征したこともあったな。一学年上に、院生だったか、一人女子がいて、真面目で地味だけど可愛い人だった。どういう経緯か、私の車でどこかに二人で鳥を見にいったこともあった。思えば、同じ趣味を持つ彼女を作れたかもしれない、人生唯一のチャンスだったような気がするけど、ヘタレな私は積極的な誘いやアタックはできす、そのまま卒業してしまった。(笑)今となってはどうでも良い話だけど、少しほろ苦くて懐かしい。いや、こんな思い出振り返っているのは、完全に現実逃避だ。(笑)

    三連休中日なのに関係者を招集し、休んでいる人間にも電話をかけまくり、とりあえず状況を俯瞰。まだ確かなことは何も決まっていないし分からない連休の最中、というのが現在。でも報道の通りに日程がなるのであれば、非常にまずい。連休明けに状況がはっきりしたら対策を考えよう、では済まない。戦力の逐次投入というのはいつでも必ず悪手だ。空振りしても、いま最大パワーを注ぐべきだろう。短期決戦の場合、緒戦が決戦になるかも?という覚悟を持って臨むのが大切なのは、これまでの経験でよく知っている。まあ仕方ない。ごめんよ家族。

     

     

    書き手

    海秋紗

    海秋紗

    神奈川県葉山町/58歳

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