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    風早草子

    風早草子
    カザハヤソウシ

    帰れない

    ホテルのサービスで付いていたピルクルを飲んだ。こういうのは久しぶりだ。よくわからないけど、体に良さそうなもの、摂取しよう。少し遠いけど、大浴場があり、ずっと泊まっていたホテルよりは快適だった。でもさすがに家に帰りたい。

    我々が作ったものがすでに狂ったように流れている。でもまだまだ作り続けている。時間は長いし、本数が多過ぎるのだ。法律を変えて仕組みも改めるべき、という私の主張が反映されぬまま、また今回を迎えてしまった。法律がある限り、我々は義務があり、この膨大な業務を曲芸のようにこなさなければならない。その結果が連日の公害のような大洪水なのだが、私が悪いわけではない。この、まるで天災のような、不毛な曲芸にかかる負担、要員、リスクを減らすためにDXを進めてきたのだけど、それを試すかのように戦後最短とか過去最短とか。喧嘩売ってるのか?

    でもつくづく、DXはやっておいて良かった。DXが全く行われていなかった4年前にこんな奇襲の最短日程でやられていたら、間違いなく破綻しているし、死人が出たかもしれない。新システムがあっても今回はギリギリだった。土壇場で突っ込んだいくつかの新機能でかろうじて凌げた感じかもしれない。そして私が仕込んだ最後の切り札は、27日の夜、華麗に美しく、そして完璧に膨大なタスクをさばいてくれた。また今回の無理な日程のせいで全国で多発したイレギュラー対応、私が戦艦ヤマトの真田さんばりに「そんなこともあろうかと」仕込んであった機能のおかげで全国の担当者が無事、危機を乗り切った。これはホントにスーパーファインプレーで、無かったら全国大パニックになる危機だった。そういう紙一重だったことも、正確に認識できているのは、私本人だけなので、なかなか人に褒めてもらえない。なので自分で日記に書いて自分を褒める。(笑)

    業務は最大の山を乗り越えて次のステージに移行し、私にも少し今回を振り返る余裕が出来て、こんな記録を書いている。本部では業務を終えた班の応援者が荷物をまとめて元部局へ戻り始めている。荷物を持って私のところに挨拶に来る彼らが、みな、少し余計な無駄話を話して、去ることに少し名残惜しそうな雰囲気を見せてくれていることが嬉しい。ともに修羅場を乗り切った戦友の連帯というものが確かにある。

    ここで私も家に帰りたいのだけど、帰れない。大事ではないけど、一件あり、のほほんと帰りの電車に乗って1時間半を過ごすのは危険がある。本来は私のサポートをする副統括と分担するのだけど、彼はお父さんの病状悪化で郷里へ帰り、戻ってくるめどはまだ見えない。私が今は全て背負うしかない。こうした家族の事情が他にもあった上、今回はウイルス性腸炎みたいなものでリタイアする人も多く、かつてない厳しさだった。幸い私は例の如く、咳一つ出ない体調を維持できたけど、結構周囲はボロボロで、やばかった。

    朝、チェックアウトしたホテルを、また押さえてもらってチェックインし、今夜もバーミヤン。昨日のような愉快なトークは周囲から聞こえなかった。(笑)

    書き手

    海秋紗

    海秋紗

    神奈川県葉山町/58歳

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