伝えることと、伝わったこと
打ち合わせの多い一日だった。これ言わないと駄目だろうというところを遠慮なく言った。相手の仕事に対して批判するつもりは毛頭...

かきぬまめがね@東京
カキヌマメガネアットトーキョー
2026年2月13日
みなさんの親御さんの話が続いていたので、私も「いつかのタイミングで書きたいと思う」フォルダにあった話を書いてみようと思う(この日からずっと心にあったので)
私の実母、義父義母はありがたいことにすこぶる元気だ。なので、自分にもいつかは忍び寄る「身内の老い」や「身内の死」について、正直な話あまり真剣に考えたことがなかった。しかし、今年のお正月、新潟のおばあちゃんは、一緒に温泉に行ったときいよいよ母の介助を経て歩いていたし、群馬のおばあちゃんは施設に入って過ごすようになっていた。二人ともあまりにもここまで元気でいてくれたので「おばあちゃんたちがこの世にいる」という現実を永遠のように感じていたことに気づく。それは100%続かないことを頭では理解しているのに、心では理解していなかったといえる。
そしてやはりその現実に対峙すると、心がざわっとしてしまった。でもこういうざわざわを少しずつ少しずつ受け入れて、いつかはきてしまうその時のために、心の準備をしておかなくてはならないんだなと改めて文字にして書いておきたかった。
だからこそ、これから会える数回を大切にしていかなければ、ということも。

普段あまり行かない駅のトイレに行ったら、壁が一面だけサイケな柄でびっくりして写真を撮った。
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