¥200 レタス(鎌倉市農協連即売所)
昨日、イタリアから我が家にやってきている友人が、お昼に作ってくれたトマトのパスタ。 材料はいたってシンプルだけれど、パス...

わたしのレシーヘン
ワタシノレシーヘン
2026年2月21日

葬儀にいってきた。最初は「家族葬で行う」と伝え聞いていたので、わたしの友人とのグループでは葬儀への参加は控えて、落ち着いたころにご実家へ挨拶にいこうという感じの流れになった。けれど、私はやっぱり絶対行きたくて。ここ数年「やらない後悔より、やった後悔」を実行しているからというのもあるけど、行かない選択肢はないと思ってはいた。もう1度、というか最後に顔が見たい。
一般マナーに疎い上に、地理的にも慣れない場所だし、心細さもあった。けれど、急遽、私を介してつながっていた高校時代の友人が来てくれていて、助けられた。本当に行ってよかったと思えた、帰りの飛行機。羽の先にあるハートがちょうどよく見える席だった、20A。
手違いというか勘違いがあったようで、家族葬というカタチでなくなっていて、東京から仕事関係の方もたくさん来ていて、またそれが義務のようなものでなく、意思を持ってこられて、一人一人本当にかなしまれているのがひしひしと伝わった。あんなに来ている人がわんわん泣いているお葬式は初めてだった。
気丈にふるまうご両親、とくにお母さんが本当に気遣いがすばらしくて、彼の持っていたコミュニケーション能力やセンスそのものだった。一番かなしいであろう本人が、ときに茶化すような場面もあったり、どこまでも気遣いの人だった。
人生をふりかえるような文章での中の彼は、中学校でのエピソードを最後に、つぎは現在の仕事の話にとんでいた。それを読んで、親が自分の目で自分の子どもの姿を見ていられるのは、せいぜいそのくらいまでなんだというのをまざまざと感じた。一部の思い出を持って、あとは信じるのみ。信じるしかないんだなとも思った。おこがましいけど、やっぱりお母さんの立場に自分を重ねてしまう。
これからも親をつづけたい私にとって、親の在り方を教えてもらった。どこまでも、もらってばっかりなんだけど、そんなんいいから、もう1回話したい。
私は、その後の彼がすばらしい人だったことを知っているけど、親はもう知るよしもないというかなんというか。親より先に逝くなんて悲しすぎるけど、ご両親は自分たちの子がまわりのみんなにいかに愛されていた人生だったかを感じられたんじゃないかと思う。最低で最高の親孝行。だけど、絶対やらなくていいやつ。