多方面から一気に
夏休みからの解放を味わう余裕も無く仕事の山。 フリーランスってある程度融通が効くのがいいところなのだけど… ...

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イチマンキュウヒャクゴジュウナナンブンノイチ
2026年2月24日

連休中、気になっていたドキュメンタリー映画『小学校 -それは小さな社会– 』のNetflix配信が始まったので、暇を持て余していた夫と一緒に観た。
東京世田谷の小学校に1年間密着したドキュメンタリー。1年生と6年生にフォーカスが当てられ、1学期から3学期まで普段の生活模様が断片的に切り取られている。日本を代表する学校でも、平均的な学校でもない。ごく普通の公立小学校。
つまり息子が入学していた可能性だってゼロではなく、っというか、今通っている学校の実情も知らないだけで、これに近いのかもしれない。(日本の公立小学校なら全部遠からずだろう)
わたしがこの映画に興味を持ったのは、「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」のコピーを読んだから。
確かに自分もその道を通ってきたし、多少の時代に合わせた差はあるものの息子も同じ道を歩んでいるのだろう。ざっくりと言えば、個人よりも全体が重んじられる風潮…。まだ幼い子に “連帯責任と詰め寄る” のはいかがなものか。そもそも、個性を尊重され自由奔放にのびのび過ごさせて貰った保育園時代からのギャップが半端ない。
学校のお陰で学ばせて貰えることは沢山あって感謝はしている。もちろん協調生を学ぶことの大切さも、ある程度は理解できる。けど、学校での価値観が全てではない。大人になるとそう思えるけど、恐ろしいのは子供にとっては間違いなく全てなこと。
先生との相性やちょっとしたことで躓いて、学校に行けなくなる子がいても当然な気がするけど。いざ、息子が「学校に行きたくない」と言い出したら冷静でいられないかもしれないけど、「イヤなら楽しく通えるとこを一緒に探そう」と、サラッと言える自分でありたい。
教育現場の価値観、そろそろ変わらないものかねー。変わらないと見切って、最初から違う選択をする親が出てくるのかな?