being japanese
一年に一度だけ、日本に帰ってくる。 日本に、というよりか、自分の生まれたところに戻ってくる感覚。 家族に会いに戻ってくる...

Sophy's philosophy
ソフィーズフィロソフィ
2026年3月27日

体操クラブで仲良くなったひとつ年上のお友達とこの木によじ登って遊ぶ。夕日が18:30頃に沈むころに締めくくり。
島縞ちゃんも書いていたけど、わたしも高所と深さ恐怖症で。高層タワーの足元ガラスアトラクションとか絶対に近寄りたくないし、階段の下を覗くのも吸い込まれそうで怖い。海の深さで色が濃くなるのも怖い。あー、書いてるだけでゾクッとしちゃうわ。
イタリアではこの日曜日にデイライトセービングが始まってまた日が長くなる。その分、朝はちょっと太陽が上がるのが遅れる感じ。日本との時差は秋冬の8時間から春夏の7時間に縮まる。相変わらず時差の計算がすぐにはできなくて混乱。
朝は最近参画し始めたプロジェクトのミーティングで、尊敬するチームリーダーと作戦会議。10歳以上も歳下なのに頭脳キレッキレでシングルタスクのかなり強い特性がある人。沖縄に帰ると沖縄電力の鉄塔を双眼鏡で数えるのが楽しみとか言う偏愛度が過ぎて、ずーっと話を聞いていたい。こういう憧れる人の思考をちょっとだけでも垣間見させてもらえるのが有り難い。
I, Daniel Blake という2016年の映画を観た。イギリスBBCの製作でパルムドールとBAFTA を受賞している。Newcastleが舞台でアクセントに慣れず聞き取りに非常に苦労した上にイタリア語字幕のダブルパンチだったが、物語のメッセージがストレートにわかりやすくて感情を揺さぶられ続けた100分だった。
ロンドンから貧困のためにニューカッスルに引越してきた2人の子を育てる母親Katieが、仕事を見つけられずに貧困のままで、フードバンクでお腹が減り過ぎていてその場で缶を開けて食べてしまいブレイクダウンしちゃって。生理用品を万引きしてしまって店主には見逃してもらったのに、そのあとにやはり貧困は続きなすすべなく売春してしまったり。その家族を金銭的ではない形で家の修理をしたり子どもと物作りをしたりしながら支えるDaniel Blake自身も、妻を亡くし健康を害して仕事に就けなくなり社会保障を貰うために窓口に行くもののオンラインで申請しろと言われてパソコンの使い方から図書館の若者に聞いたり。食い繋ぐために家具を売りに出すなかでも、子どもと一緒に作ったものは手元に残したいという思い。彼自身も補償を出してもらうために奔走し続ける。そんななかで、Katieが隠れながら売春をしていることに気づき置き屋に直接会いに行き「こんなことしないでほしい」と真っ直ぐに悲しむ姿。
貧困や職に就けないという社会的弱者を支える「制度」は用意されてはいるが役所仕事のルールに縛られるばかりで「人」だとは看做されないような扱いを受けて。それでも自分はCitizenである、という主張というか誇りのカケラのようなものを握りしめる人の話だと理解した。日本やイタリアにもこうした経験をしている人たちがいるのかもしれないと思うと、自分には何もできなくてただ胸が痛むだけの偽善者なちっぽけさを痛感する。きっと社会構造は今のまますぐには変わらない。もしベーシックインカムが導入されたら、この物語もかつての社会、として映るようになるのだろうか。数年後にまた観たい作品だ。
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saicoさん、祈ってます。入院となると心配も増えるけれど、専門のドクターに任せて信頼して、体調整えてのぞんでね。息子くんのご飯の心配より、自分のご飯をしっかり食べて体力つけてね。念力送るから。

イタリア・ベルガモ/46歳