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    耳ゆみさんが観に行ったという『ストリートキングダム』気になる。この映画の主演ってことになるのかな、W主演なのか?峯田和伸のことは中学3年生の時からずっと特別な存在だ。青春パンクっていうジャンルにはまっていたわけではないと思う。もし括るならばそりゃブルーハーツはすきだけれど。ゴイステことGOING STEADYのこともそんなに好きではない。けど、忘れもしない2004年1月15日に『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』と『DOOR』を聴いたその日から、わたしの10代の青春は銀杏BOYZにすべてささげることになった。初めてライブに行ったのは峯田のケガで延期となった2005年9月6日にZepp Tokyoで開催された「銀杏BOYZ VS. 淫乱GIRLS 開戦前夜」。当時のバイトの先輩がヤフオクでチケットをとってくれた。わたしはヤフオクのアカウントをもっていなかったし、確か取引履歴がないと購入できないシステムだった?から有難かった。そもそも「好きなバンドのライブに行く」ためにはどうすればいいかわからないといった世間知らずで先輩が「好きならライブ行こうよ!」と誘ってくれたのだった。アルバムが発売されてから1年と8ヶ月、1回延期もくらったし待ちに待ったライブ当日。前座の猫ひろしと曽我部恵一バンドのあと、押しに押して登場した彼らのライブは想像の何百倍も“生”だった。誰の汗なのか涎なのかもしかしたらゲボかわからない体液にまみれて、ダイブしている人のコンバースが口元に来たって構わないくらい、そこに居る誰しもが「この光景も音も呼吸も見逃すまい」と“生”を浴びるのに必死だった。誰かがペットボトルの水を飲んでいれば、それが知らない人でも無言で手を伸ばし回し飲みして、頭にもかけて、どうにか倒れて退場!とならないよう必死だった。だから峯田の松葉杖がクリーンヒットしてベースのアビちゃんの頭から鮮血が大噴射しても、もう誰しもが傷だらけだからなのか「わあ」って感じで、さほど気にならなかった。

    当時のわたしは正にセンチメンタル過剰で、夕焼けを見ても本を読んでも猫を見ても心が苦しくて、とにかくずっとめそめそしていた。今思えばただの思春期なんだろうけれど、中学2年くらいまでは小学校のノリで行けていた学校も「ここ“だけ”は絶対に自分の居場所ではない」という感じで、雑誌で知り合った人と文通したり、外へ外へと目を向けていた。

    当時銀杏BOYZのHPには銀杏BBSというコミュニティがあり、2ちゃんねらーみたいな性質をもつ主に10代のひとたちと交流を重ねていた。固定ハンドルネーム、いわゆる“コテハン”の中には、今をときめく?大森靖子やら空気階段の鈴木もぐらが居たわけだからおもしろい。時代性もあってバンドとファンの距離も密接だった。峯田はよくライブで住所やらメールアドレスを公開していたし、もちろんわたしもメールを送っていたし、出待ちもしていた。出待ちしている人のほとんどが、ただ会いたいとか握手したいとかではなく、“我こそが一番銀杏BOYZを理解している”という痛さをもってメンバーを待っていた。でもそれは、今でもヒリヒリとした切実な傷さであると思える。メールは峯田の誕生日には必ず返信があった。あとは気まぐれでたまに短い文が返ってきた。皆それを糧にしていた。とにかく毎日生き伸びることに必死だった。

    わたしも当時使っていたdocomoのSH901iCの携帯の裏と学校の指定カバンにサインを書いてもらい、どうにか毎日の学校生活を送っていた。

    2005-2007年の都内近郊で行われたライブはほぼすべて行ったと思う。チケットを取るために朝いち始発でぴあに並んだり、平日学校を休んで直接ライブハウスに買いに行ったりしていた。そんなことばかりしていたので、せっかくバンド本「GING NANG SHOCK! ギンナン・ショック 」の企画に参加したのに、親に携帯を没収されてしまい当日は参加できなかった。それでもドラムの村井くんが献本を送ってくれたし、なんかあったときは連絡していいよと言ってくれたので、20歳になって精神科に入院することになったとき、病院の公衆電話から電話をかけてみたことがある。その企画からもう3年以上経っていたけれど、1時間くらい他愛もない話をした。太宰治についてお互い熱く語ったんだったかな。とにかくやさしかった。電話も連絡自体もそれっきりしていない。その後バンドは泥沼化というか、峯田以外全員脱退となってしまって、よく考えたら、当たり前だけれど演者の方がとうに限界にきていたと知る。

    わたしにとってはアビちゃんと村井くんとチン君がいてこその銀杏BOYZだったから、触れてはいけない箱みたいに銀杏の音楽を聴かなくなってしまった。そして大人になるにつれて、精神が安定するにつれて、もうわたしには必要のない音楽なのかもとすら思った。だけどコロナ禍にはいった2020年、バカみたいに銀杏BOYZを聴いた。なるほどなって思った。

    結婚して、会社を辞めて、札幌に一人旅をした。そこで初めて峯田だけの銀杏BOYZのライブに行った。しかもまだコロナ禍の影響でアコースティックライブツアーだった。10代のわたしだったら、そんなん行ってなんの意味があるのって冷笑したと思う。だけど、そういう状況だったからこそ真髄が発揮されたようなライブだった。いつ帰ってきてもいいんだな、とにかくあたたかかった。血ってあったかいしな。そういえばアビちゃんが育てた葱を取り寄せて食べたけど、今まで食べた葱の中で一番!めちゃくちゃ美味しかった。

    若くて健康でも辛くて辛くて辛い人間がいることを忘れたくない。戦争がない平和な日常にも生き延びるのに必死な人がいることを忘れたくない。でも、音楽のことを語ると、めーちゃ臭くなってしまって自分でもイヤだけど、音楽があるかぎり世界は平和になれるって信じている。

    ものすんごく脱線してしまったけれど、少し触れてはいたかもだけど、1回くらいはここに書いておくべきことだったからいっか。そんなわけで『アイデン&ティティ』もだいすきだったわけだし、『ストリートキングダム』もぜひぜひ映画館でみたい。実はやっていることすら知らなかったんだけど、、、、まあそんな感じでずっと追っていなくても、またタイミングが合えばライブに行きたいとも思っている。

     

    ユカさんもローソンバイト経験あるんですね!親近感♡わたしもカプリチョーザ好きなので、見かけてあったらたべてみよう。カプリチョーザ監修の冷凍パスタはセブンにあって、そっちはよく食べています笑

    書き手

    migiwa

    migiwa

    埼玉県さいたま市/36歳

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