魚の目も青かった
2週末連続の実家。 シメは父が釣ってきたクロ。アマメ(フナムシ)を餌に釣る。アマメは海にウジャウジャといる。昨日、子ども...

島縞
シマシマ
2026年4月10日
まだ細かい支払い等は残っているものの、とうとう住所の変更が完了した。

そして、これを機に外に出てお仕事を始める。
基本在宅だけれども、お世話になっている方のところでお仕事させていただくことになった。個人事業にかわりはないが、2年ぶりに人と直接関わる。
そこで、ひとりの人を紹介していただいた。早速連絡を取り、繋がることができた。またひとつ、変化が生まれそうな予感。
このタイミングでさらに、似た状況で悩み苦しみ、受け入れて過ごす方から連絡をもらった。そんなことを抱えて過ごしているなんて知らなかった。私が書いているものを読んで、連絡をくれた。共有するのも勇気がいったろうと思うと、ありがたくてしかたがなかった。私は一人じゃない。
仕事休んで、実家に戻って、私は自分の足で立つことすらできないのかと情けなく思っていた。
けれど、もしかしたらそうじゃないと思わせてくれる今日の出会いに感謝しかない。
きっと、私のことだからすぐに下を向いてしまう。
でも、そうじゃないだろって思わせてくれる今日の繋がりは、ちゃんと覚えておいて、忘れても思い出せるようにしっかり記しておかないと。
『記す』って、昨日娘と漢字ドリルしたときに送り仮名の問題で出てきたやつだ。
今日は、午後から夕方まで私ひとり出かけていた。その間、娘は母とお留守番。部屋でひとり、タブレットやノートにイラストを描いたり、ドリルをこなしたりしていたらしい。
2年前の姿からは想像もつかない。小さな変化の積み重ねで気づかなかったけれど、そういえばカーテンすら開けさせてくれない時期だってあった。
なのに、今は「暇だ」とか「勉強したほうが良いと思って」とか、すぐ疲れるけれど、何かに夢中になって、夜は猫とぐっすり寝ている。
母親としてなんやかんや⋯とグジグジ悩んでないで、そんな娘の小さな変化をひとつ残らず、しっかり目を見開いて見ておけ、自分。
母としても、子としても、今の私にしかできないことがある。
そのことに気づいて、しっかりしろ。
今のありのままをただ見るって難しい。
でも、そのことの大切さに気づかせてもらえた1日だった。
気づかせてくれる人がそばにいるって、なんて幸せなんだよ。
細々とでも、あちこちに書き綴ってきてよかった。
書いていいんだよって、言ってもらえてよかった。
毎日を書ける場所を作ってくれる人たちがいて、そんな人たちと繋がれてよかった。
総じて、これまでの日々があってよかった。