「今回、「幻の一九七九年論」たるこの評論集を構成するに当たって、あえて、その若書きの評論を、評論集の折り返し部分に置いてみた。単に現在から一九七九年を振り返るのではなく、一九七九年から未来への視点も交差させることで、一つの遠近感が得られるのではないかと思って。」坪内祐三
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...

エフェメラ!
エフェメラ!
2026年7月14日
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶともなしに記録しようと思う。言葉は儚いものであるからこそ、今このときを確実に残してくれるから。
「出光真子 おんなのさくひん──ある映像作家の自伝」
東京都写真美術館・展示タイトルより
「元気になるための元気がない。」状態からぬけきったので、朝から高円寺のヘアサロンへ。前からやってもらってる鶴村さんが独立して、同じ高円寺内に新しくお店をひらいたのが4月のこと。もう3ヶ月もたっちゃったけど、ようやく行くことができた。何も細かいことを言わなくっても、わたしの好きなスタイルをわかってくれているので安心して任せることができる。ありがたい。カット中は滝口悠生さんの『長い一日』を読みながらリラックス。前に読んだ滝口さんのこのインタビューよかったな。『長い一日』というタイトルの理由を聞かれた滝口さんはこう答えていた。
滝口 昔からたまに日記を書いてみてはあまり長続きしないのですが、書いていておもしろいことのひとつは、ある一日の出来事を書き記すことで、別の日の出来事が自然と思い出されて、それが今日の日付と結びつけられることです。書くうちになにかを思い出し、それを書くとまた別のことを思い出す。今日という一日には、今日だけでなくそうやっていろんな一日の出来事が混ざっていて、書けば書くほど、思い出せば思い出すほど一日についての記述は長くなる。この連載もそういうおもしろさを含むものになればいいなと思ってつけたタイトルです。結局日記でもエッセイでもなく小説になったわけですが、その点を除けば当初の目論見からそう外れていない作品になったと思うし、計画性が皆無だったわりにはなかなかいいタイトルをつけられたと思っています。(『長い一日』はなぜ読む人を幸せにするのか 滝口悠生さんインタビュー)
そうそう。これはわたしの日記だった。
ヘアサロンでカットとトリートメントを終えて、きれいさっぱりした後に向かうは、恵比寿の「東京都写真美術館」。出光真子さんの回顧展に。

出光真子は、日本における実験映画およびビデオアートの先駆的な作家だ。1940年に出光興産創業者・出光佐三の四女として東京で誕生。お茶の水女子大学附属小・中・高校から早稲田大学第一文学部に進学したのち、60年代にアメリカ・サンタモニカに滞在し映像制作を開始。抽象画家のサム・フランシスと結婚後、2児の母としての生活のなかで、「娘、妻、母」という社会的役割とアーティストとしての自己の葛藤を鋭い観察眼で表現してきた。なかでも70年代以降のビデオ作品では、モニター内に別のモニターを映し込む独自の「マコ・スタイル」を確立。テレビ・メロドラマの手法を取り入れながら、女性の生き方や家族、メディアと社会の関係を問い続けてきた。(美術手帖「出光真子 おんなのさくひん──ある映像作家の自伝」(東京都写真美術館)開幕レポートより)
映像作家の個展に行くのは久しぶりだったので、ちょっと時間配分間違えたかも。ひとつひとつの作品を全部みるには時間が圧倒的に足りない。印象的だったのは、入り口にはいってすぐの作品《主婦の一日》と出口付近の《清子の場合》かな。前者は、タイトルにあるように主婦の一日を描いたもの。結婚し、妻、そして母になった出光さん自身の心の揺れがみている私にも流れ込んできた。そして、映像のなかのモニターに映し出される「目」。この目が強烈な印象を残している。妻として、母としての役割を押し付けてくるようなその目がにくい。こわい。そのほかの作品でも、娘としての自分・妻としての自分・母としての自分という社会的役割への抵抗が共通して感じられたのがよかった。誰かのなにかじゃなくって、本当の意味での「わたし」の存在を消し去られていくことって、こわいことだよね。


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浮記ちゃんお誕生日おめでとう~! 決意表明、しかと読ませてもらいました!笑 「ほどほどにフツーに長く生き」て、なおかつハッピーであれ~。
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エフェメラ/「一日だけの、短命な」を意味するギリシャ語「ephemera」。転じて、チラシやポスターなど一時的な情報伝達のために作成される紙ものなどを指す。短命だからこそ、時代を映すとされ、収集の対象になっている。
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...
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