イヤなことはやらない
シマシマちゃんが書いてくれた、”多忙を極めていた” は確かなのだけど、それはあくまでわたし的多忙...

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イチマンキュウヒャクゴジュウナナンブンノイチ
2025年2月2日

友人宅へ味噌作りへ。お馴染みのメンツの中にはじめましての方もいて、相変わらずとても愉快なワークショップだった。
わたしがこの種の会に参加するのは、やり方を学びたいのではなく、その場を楽しむ為ことが目的だ。この先、家でひとりで味噌仕込む日とか絶対来ないだろうし、味噌の作り方ではなく、味噌を手作りしよう!と集まる人達に惹かれていそいそと行く。自分にないものを持っている人たち。
はじめましての方は、長らく人材紹介のお仕事をされていた方(今は子育てに専念中)で、知らない業界の話は新鮮なことばかりで興味深かった。お話振りから仕事に甲斐を感じていたことがひしひしと伝わり、素敵な方だなぁと。
選んで好んで好きな仕事をしている人は、やっぱりキラキラ見えるんだなぁと思ってから、会の中にちょうど年明けから仕事復帰した友人がいて、彼女も「大変だけどこうゆう暮らしがしたかった」みたいなことを言っていた。けどちょっと待てよ、彼女は復職する前、子育てに専念していた時も同じようにキラキラしていた。
キラキラオーラは仕事に限らず、選んで好んでその場にいる充実感から放たれるのかもしれない。あと、選んで好んでいなくても、腹を決めてここでやるぞ!みたいな納得感があれば、それはそれで眩しく見える気がする。
人からどう見られるかを気にする必要はないけど、どこで何をするにせよ、嫌だけど誰かのせいで仕方なくとか言い訳することなく、自分が納得した場所に身を置く。やっぱりこれに尽きる。と思ってから、書く前に読んだ商店内の記事が頭をよぎる。
かきぬま家の全然思い描いたように進まない家族イベント、これぞ子どもとの暮らしだよね。第三者目線としてはその全部が微笑ましい。とは言え、熱性痙攣は息子も1歳の頃に経験があってわたしの人生の中で一番怖かったこと、次男くん大事に至らないで本当によかった。そして、ドーンと構えるタイプの了子ちゃんの ”全身が震えるような賭け”、内容はわからないけど第三者ながらビビる。
自分の納得感の追求だけに時間や情熱を注げた時期は当に過ぎ。ほぼコントロール不可能な生活が同時進行である。これが日常だ。えいえいおー。