after the 2nd negotiation
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Sophy's philosophy
ソフィーズフィロソフィ
2025年6月18日
地元の市民プールに行ってきた。まだ屋外プールは開いていないので、屋内プールに。
このいわゆるハコモノは、わたしが小学生のときに建ったやつだ。バブリーな時代だったんだなあって思う。屋外のはビッグスライダーが3つもある。
ゆうに40年近く建っているハコだけど、手入れが良いのかイタリアのプールより全然きれいだ。掃除をしっかりしてるのと、使う人のケアがあるんだろうか。
日本にいる頃は全く気づかなかったけど、イタリアの施設を使うようになってからは、こうした違いに目が向くようになる。
ソフィとわたしで、今日のプール滞在2時間の間に5回くらい注意をうけた笑
まずは、ビーサンでプールサイドに入らないこと。「じゃあここ置いときます」って言ったら「いや、持ち込み禁止なんでロッカーへ」と言われた。もはや、規則ってなんだろ。ビーサン使用は何の危険も伴ってないし、むしろ知らない誰かの水虫をもらう危険のほうが高い。
次は「この子は25メートル泳げますか?足ついてるんで」ときた。ソフィは自由に泳ぎたいので、まっすぐは泳がない。監視員はそれが気になったのだろうか。好きにさせとくれ。
他にも何か注意された気がするが、適当に聞き流しておいた。あれでは、注意する側もされる側もストレス溜まる。
洗面台では水着を洗わないでください。
これは、なぜ?もう意味不明。一部の声が大きい人の苦情がすぐにルール化されて張り紙となる。「しないでください天国」だ。
思えば去年ソフィは初めてこのプールに行ったのだった。子供用滑り台でいつものように腹ばいで頭から滑り降りたソフィを、監視員はビックリした顔でいなし、近くで見ていた保護者のわたしに「だめです」と注意をしたなあ。腹ばい禁止の張り紙は無かったけど、暗黙ルールがあったようだ。
今年のソフィは一年成長したからか、プールサイドは走らず、滑り台も「正しく」座って滑った。日本式に順応できる部分もあるようだ。
わたしは、安心したような、笑えるような。どうでもいい気持ちになった。
危険なら、ルールが必要。でも、誰かが言い出した「なんか気になる」レベルの行為をやめさせるための規則(というか、直接は言わない張り紙)に何の意味があるんだろう。
そういえば、1時間おきの10分休憩とラジオ体操も新鮮だった。イタリアのプールは何時間ぶっ通しで入ってたって自由だ。個々人が必要なときに自分で休憩をとる。それでよくないか?
今日気づいたことは、日本社会は常に互いを監視し合っている。でも直接は言わないで、先回りして「○○しないでください」に生まれ変わる。
この社会では、誰が誰に、何の責任を取ってほしいと思ってるんだろうか。
子どもたちが腹ばいで滑り台を滑って、水に飛び込んで「あっぶねー」って自分で気づけるチャンスをなぜ奪うんだろう。疲れたから休憩、って自分で調整する練習を何でさせてあげないんだろう。
考える機会を、大人が勝手に奪い合っている。ルールが決める、じゃなくて、わたしが決める、にしたいと、わたしは思う。
イタリア・ベルガモ/45歳