「逆に大丈夫ですか?」見知らぬ男性
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...

エフェメラ!
エフェメラ!
2026年2月26日
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶともなしに記録しようと思う。言葉は儚いものであるからこそ、今このときを確実に残してくれるから。
「まず、漠然と、抽出しの思考と倉庫の思考ということを、私は考えている。そして、抽出し思考というものには、組みすることはできない、とも考えている」
草森紳一「「急がば、回れ」か 抽出し人間と倉庫人間」『本に狂う』(第2回)
健康診断受けなきゃと思いつつ、石垣りんの新刊情報を書いておいてよかったとも。その文庫情報を知った日に買った『本に狂う』は引き続きちびちび読みつつ、先日行った三鷹の古本屋・水中書店でおっと思う本を手に入れた。
山本夏彦の『戦前という時代』という文庫本で、裏面には「終戦このかた「満州事変から敗戦までの15年間は真っ暗な時代だった」と説かれてきた。しかしそれは真実なのか?」とある。トンデモ本の類いではない。なんせ山本夏彦は「雑文家番付」で「大関」についている。僕は坪内祐三を信頼しているから、それだけで充分。『戦前という時代』という本も例に漏れず雑文集で、表題作は面白く読んだ(大雑把にいえば、戦前は別に暗黒期ではなかったということが、山本夏彦の日記をとおして示されている)。
裏面の文章には続きがあって、他に収録された雑文についてもあらすじがついている。買うときにはうっかり見落としていたのだけど、これを読んでなんだか"引きつけた"気がした。曰く「日本人の漢文・和文の教養の喪失から文化の断絶の姿を描いた「明治の語彙」」。
明治時代に入り、西洋の、いわゆる近代知がどっとやってきて、東洋的な知は古くさくなった。例えば、漢方をはじめとする東洋医学は否定され、西洋医学が国家の医療の中心に躍り出た。同様に、江戸時代まで最高の教養とされた漢文は20年ほどで廃れ、現在の国語がスタンダードになった。
この辺りのお話は、ブルータスの東大特集(←地味だけど、アカデミックで面白い特集です)の取材で教わったこと。その先生は「漢文を理解できないということは、日本における伝統的な文化の半分を知らないことと同じ」とも言っていた。
だから「明治の語彙」には、江戸時代以前と明治時代以後の日本文化の断絶が描かれているのだろう。と思うが、これはまだ読んでない。少なくとも東洋的な「倉庫思考」をひもとく補助線にはなるはず、ということで「第2回」としておく(第1回)。(117)
エフェメラ/「一日だけの、短命な」を意味するギリシャ語「ephemera」。転じて、チラシやポスターなど一時的な情報伝達のために作成される紙ものなどを指す。短命だからこそ、時代を映すとされ、収集の対象になっている。
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...
アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶと...