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    風早草子

    風早草子
    カザハヤソウシ

    優勝の価値


    一戦目をサヨナラ勝ちした勢いで決勝も快勝した次男のチーム。見事四校戦優勝。四番の次男は二試合で9打数5安打3打点。チームの期待に応え、決勝戦はファインプレーも決めていた。

    去年のチームは決勝戦で負けたのだが、その際に「事件」があった。それを思うと今回の優勝の価値は大きい。

    実は次男の野球部の前顧問は、高校球児丸刈り信奉者だった。今どき、県立高校でそんな教諭がいるのか?と驚くかもしれないが、市内県立高校四校で、ただ一校、野球部員が全員坊主だった。県立高校で生徒に坊主の「強制」などできるはずがないので、名目上は丸刈り推奨、とされていたが、選手起用の全権を持つ顧問が、丸刈りにしない部員を個別に呼んで指導するので、実質的には強制と変わらない。

    次男はそうした体質を嫌って当初入部しなかったと思うが、やはり野球がやりたくて途中入部した。実は次男は小さい時に後頭部を縫うケガをしたことがあり、丸刈りにすると髪が生えていない傷跡が見えてしまう。それが嫌で、これまで髪を短くしたことがない。途中入部する際に彼は前顧問に、自分はそういう事情で丸刈りはしないが、それでも入部を認めるか?と直接確認して、承諾を得られたので入部している。

    次男が入部した後、保護者が集まる会があったため、他の保護者にも丸刈りの問題をどう思っているのか聞いてみた。すると、長髪の慶應高校が夏の甲子園を制した後でもあり、全ての保護者が「髪は自由でいいのでは」という意見だった。見学にきた中学の後輩が丸刈りを見て、別の高校に行ってしまう、という声もあった。実際、一年生は途中入部の次男が入ってやっと6人という状態だった。このままでは、新入部員が入って来なくなってしまう、と2年生のお父さんで保護者会の会長をされている方が特に憂慮しており、保護者会として顧問と話す機会を設けて、髪型は自由、という方針を明確に示す方向で動くとおっしゃっていた。

    ところがその後、前顧問が色々理由をつけて保護者との話し合いに出て来ず、そのまま四校戦の時期を迎えた。

    そして決勝戦で敗れたあとのミーティングで、選手たちに「高校野球は人生を変えるくらい力があるスポーツだが、やるには覚悟がいる。俺はその覚悟の表れが丸刈りだと思っている!」とかましたのだ。

    夏大会が終わり、部員たちは髪の毛が伸びている時期だった。そこに顧問から負けたのはお前らの髪が長いせいだ、と言われたに等しい。脅しの効果は絶大で、次男をのぞく全部員が翌日には坊主になっていた。帰宅した次男が顛末を話したあと、吐き捨てるように「坊主にする気がない僕は覚悟がない奴認定ってことだ」と言っていたのは忘れられない。保護者会長のお父さんはかなり憤っていて、「やり方が卑劣ではないか?」と保護者のグループLINEに投稿していた。私はそれに賛同の意見を投稿したが、すでに次男以外の部員が全員丸刈りになっており、あとの祭り。他の保護者から特に意見は出なかった。

    そもそも選手起用の全権を握る顧問には、子どもを人質に取られているような感覚もあり、顧問に物申すのを躊躇する保護者も多い。しかし、その遠慮が部活顧問の独善的な運営を野放しにしてきた部分もあると思っている。

    途中入部の1年生の保護者が、一人で騒ぎを立てるのも、と思い、保護者会長の方と色々相談はしたものの、その時は具体的なアクションを起こせなかった。しかしモチベーションがガタ落ちした次男の姿は痛々しいほどだった。一方で、野球部は練習試合を行わないシーズンオフになったにも関わらず、土日も呆れるほど長時間の全日練習ばかり。これはおそらく県が定める部活動の方針に違反しているのだが、前顧問が独善的に決めているらしかった。

    このままだと、次男が野球部をやめると言い出しても不思議ではない思っていたが、そんな頃、さらに追い討ちをかけるように、今度は次男が個別に髪について指導を受けるという事態が起きた。曰く「頭の傷は後頭部なんだから、前髪はもっと短く切れるのではないか?チームの中で一人だけ前髪が出ているのは問題だ。」などと言われたという。

    さすがにもう黙っているわけにはいかないので、ここから私が本気で介入することにした。

    そもそも、坊主でなければ野球ができない、という主張に合理性が微塵もないのに、個人の独善的考えで部員にそれを押し付けるのは、表現の自由という人権の侵害に他ならない。そして顧問と部員という優位性のある立場を使って本人が望まないことを強制するのは、一般世間ではパワーハラスメントと言う。そういう社会の常識が、なぜか学校や運動部の世界では蔑ろにされていることがままある。そんなブラック企業のような理不尽に耐えるように部員に強いることがそもそも教育として正しいはずがない。

    もはや、ことを穏便に済ます気もなかったので、高校がHP上で公開している「スクールハラスメント防止規程」、「部活動の方針」、校則にあたる「生徒心得」などを綿密に読み込んで、詳細な質問文書を作り、校長と県教委の担当部署宛に送信した。

    その結果、高校の管理職教諭による関係者のヒアリングが行われ、前顧問のこれまでの様々な独善的指導は、ハラスメントと認定された。前顧問は、ミーティングで部員全員にこれまでの丸刈り強要は間違いだったことを謝罪し、今後髪型については、校則の範囲で部員の自由という当たり前のことが確認された。

    私も校長と前顧問から、直接謝罪を受けた。そして3年生が引退したタイミングで前顧問が解任され、20代の若い先生が新たな顧問となり新チームが始まった。

    そして臨んだ今年の四校戦。自由な髪型の選手たちが、去年果たせなかった優勝を勝ち取った。野球に丸刈りが必要ないことを証明したことになるとも言える。ちょっと感慨深い

    書き手

    海秋紗

    海秋紗

    神奈川県葉山町/57歳

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