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    風早草子

    風早草子
    カザハヤソウシ

    ガリア戦記

    島縞さんからの、10代の頃に読んだ心に残る一冊は?という真ん中高めの絶好球!ドン引きされそうだけど、フルスイングしてしまおう。「ガリア戦記」!

    高校生の頃に買ってツボにはまった愛読書。著者「カエサル」というだけでシブすぎる。その頃からこの本について、人に語りたい、という欲求が腹に溜まっていた。ただ私が書きたいだけで書いているので、めんどくさい人は読み飛ばしてください。(笑)私は本質的にめんどくさい人間なのだと思う。

    ローマ軍団を率いる「プロコンスル」という役職にカエサルがあった時期、ガリア、すなわちざっくりライン川以西のヨーロッパで起きる現地民族の紛争に介入して、ガリア全土をローマの版図にしていく8年ほどの戦争の記録だ。

    戦地から元老院へ送られた報告書のようなものと言われている。簡潔だが無味乾燥でもない。馴染みのない地名と民族名、人物名のカタカナを乗り越えられれば、抜群に面白い。

    自身のことを「カエサルは・・・」と三人称的表現で綴る文体。ローマからすれば未知で野蛮なガリアやゲルマニア、ブリタニアの人々の社会や習俗などについても、カエサルが入手した情報が客観的におりおり挿入されている。相手部族を抜かりなくリサーチして戦闘や交渉を行なっていくカエサルの姿勢がよく分かる。

    当時のガリアは一部がローマの属州にされ、そこの部族はローマの庇護下にあったが、ガリア全域には様々な部族が勢力を構え、ローマと戦える軍事力を持ち、独立心が強く好戦的でもあった。だが、さらに好戦的で武勇を誇るゲルマン諸部族がライン川を越えてガリア侵攻を繰り返しており、ローマ、ガリア、ゲルマンのパワーバランスは緊張をはらんでいた。

    ローマは地中海世界の覇権を握る大国だが、ガリアやゲルマンに対して軍事的に圧倒的に優位だったわけではない。むしろガリア、ゲルマニアでは、武勇を誇る好戦的な諸部族が絶えず戦闘を繰り返しており、その被害がローマ領に及ばないようにすることが属州に駐屯するローマ軍団の役割みたいな感じ。ゲルマニア部族との戦闘でローマ軍が大敗したケースも何度もある。

    ガリア戦記冒頭でカエサルがガリアの概要を説明した部分では、ガリア部族のうちベルガエ族を最も勇猛とする理由を、「文化文明から最も遠く精神を軟弱にする商品を持ち込む商人が滅多に来ない」「隣り合うゲルマン人と絶えず戦争をしている」と表現している。ローマ人から見て、文明文化から遠い民族ほど、野蛮で勇猛で恐ろしいイメージがベースとしてあったのだろう。だから諸部族が血で血を洗う果てしない戦争を続けるガリア・ゲルマニアにローマはそこまで積極的でなかったのかもしれない。

    だが、カエサルはこの混沌に踏み込んでいったため「ガリア戦記」を著していくことになる。

    ガリア戦記は今のスイスにあたる地域に住んでいた部族が、より広い国土を求めて西への移動を企図するところから始まる。カエサルは彼らの動機を「自分たちの武勇に対して国土が狭すぎる」みたいなことを扇動した指導者がいたとしている。南下するゲルマン系民族の圧迫されていたため、とする説もあるらしい。彼らは数年かけて多くの穀物を蓄え、故郷の家々を焼き払い部族総出、数十万で国を出て行軍を始める。

    しかし進路にあたる部族はたまったものではない。領内を通過するだけ、と言われても、数十万の軍勢が穏便に通り過ぎる保証は全くないからだ。ローマ属州の部族がカエサルに救援求めたことを受けて、ローマ軍団はガリアでの戦争に介入していく。

    戦争が絶えないガリアでは、一つの危険を取り除いても、すぐに次の脅威が現れる。ガリアの部族を平定すれば、次はゲルマニア、ブリタニアの部族が動き出し、次なる戦いが延々続く。

    冷静に読むと、どちらかというと泥沼。パンドラの箱をあけちまったような状況にしか見えない。でもカエサル、メンタル強い。泥沼を果敢に進み、ライン川を渡りゲルマニアに攻め込み、ドーバーも越えてブリタニアにも軍団を進めて行く。

    ローマ軍団は冬は軍事行動を停止し、冬営地を築いて兵を休める。カエサル軍団はガリアでの冬営を何年も続けることになる。

    カエサルは反ローマ部族を各個に撃破してガリアの橋頭堡を強固にして行くが、ローマの優位が強まると、ガリア部族の中にナショナリズムが高まり、反ローマ連合が形成されて行く。

    長年反目してきたガリア部族をウェルキンゲトリクスという若きカリスマがまとめ上げ、ローマ軍はガリア部族の海で包囲されかねない窮地に陥って行く。はっきり言って絶体絶命だ。

    しかしカエサルは歴戦の棋士のように、打つべき手をほとんど誤らず、窮地を切り抜けつつ戦況をひっくり返して行く。カエサル強い。

    そして最後はウェルキンゲトリクスが籠る街を包囲。ローマ軍の背後を突いて挟撃を仕掛けてきた別動のガリア軍を機敏に反転して撃破。孤立したウェルキンゲトリクスを降伏に追い込む。

    泥沼のように終わりなき戦いに見えたガリア戦役を、カエサルは8年かけて戦い抜き、ガリア全土をローマの属州化する。

    結果的にカエサルが勝利を収め、それで得た力を使って帝政ローマの基礎を作りあげたわけだが、それはあくまで結果であり、勝敗は紙一重だったように読める。冬営中にガリア部族の罠にはまり、一軍団が全滅させられてしまう、という重大なピンチも結構あった。カエサル、ポンペイウスと三頭政治を取り仕切ったクラッススは、同時期にローマ東方のパルティアへ軍を進めたが、いわゆるパルティアンショットに破れて戦死している。ローマ軍は決して無敵だったわけでもない。あとから歴史を見ると、偉大なカエサルなんだからガリアになんて負けないだろ、みたいに考えがちだが、結果的に運良く勝ったから、カエサルはカエサルになっている。

    ガリア戦記、カエサルの文章は名文だと思うし、内容もとても面白いけど、最後にウェルキンゲトリクスに破れて死んでいたら、今、出版もされてないだろうし、誰も読んでないだろう。そしてカエサルがガリアで死んでいたら、おそらくローマは帝政に移行しなかったと思う。共和性ローマは当時、明らかに制度疲労に達していた。一般市民層の没落、既得権益層となった元老院の硬直、決められない政治の中、マリウスやスッラの強権的粛清政治が罷り通っていた。そうした状況から、野心を露わにローマに挑戦してくる周辺勢力も、ポントスのミトリダテス王とかいたし、またローマ内でスパルタクスの反乱なども起きていた。きっと共和性のままだったら、程なくローマの歴史は終わっていたのではないかと思う。ローマ帝国が続いていなかったら、その後の世界の歴史もかなり違ったものになったのではないだろうか?そんなことを想像しながら読むと、ガリア戦記はさらにスリリングな記録だ。

    ちなみにカエサルに屈したガリアは、ローマ化することでこのあと部族間の戦争はなくなり平和で豊かになっていき、二度と反乱を起こさずローマを支える重要な属州となる。

    そしてカエサルは、3頭の中では実力、実績で劣っていたのが、ガリアの兵力と富で揺るぎない力を得て、このあと、ルビコンを渡る。そして元老院、ポンペイウスとの戦いを勝ち抜いてローマを作り替えていく。

    ちょっと面白いのは、内戦を制して終身独裁官となったカエサルだが、敵対勢力だった元老院を解体などはしなかったこと。逆に新たにローマの属州となったガリアの有力者に議席を与えて大幅に増員した。当然、ガリアの有力者はカエサルの息がかかっている。結果的に意思決定機関としての元老院を無力化することで、権力の集中を果たす。

    すでに書きすぎだけど、ガリア戦記の中で印象に残る人物としては、ラビエヌスというカエサルの副官がいる。カエサルと同年齢と言われているが、優れた軍事指揮能力を持ち、カエサルはガリア戦争中、一貫して絶大に信頼していた。カエサルが政治家として冬営中に軍団を離れる時や、ブリタニアへ遠征してガリアを離れる時も、常にラビエヌスが軍団を指揮して留守を固く守った。そしてガリア戦争中は、カエサルと別働隊を率いることも多かったが、臨機応変に軍団を指揮して、カエサル本隊と息のあった連携を見せ、カエサル軍の窮地を幾度も救った。カエサルの泥沼の8年間の戦い、おそらくラビエヌスがいなかったら紙一重の勝利はつかめなかったのではないだろうか?だが、このラビエヌスは、ポンペイウス・元老院派との内戦では、カエサルと決別してポンペイウス派に走る。元々出自がポンペイウス一門だったためらしい。そしてヒスパニアでの戦いでカエサル軍に敗れて戦死する。カエサルの元を去る時に二人の間でどのような話がされたのだろうか?

    ちなみにローマには、ポンペイウス一門以外にも名門貴族がいくつもあり、カエサルも名門であるユリウス一門の貴族だ。だから英語でジュリアス・シーザーというけど、ジュリアスはファーストネームではない。藤原とか源みたいな一門名でカエサルはその中の名字みたいなもの。ファーストネームはガイウスというらしい。

    ローマの歴史については、大人になってから塩野七生さんの「ローマ人の物語」を文庫で買ってまた読んだ。ローマの時代って、カエサルとか紀元前の人なので、基本的にキリスト教の価値観が全くないので、日本人にはむしろ理解や共感がしやすい気がする。古代ローマは八百万の神の世界で、酒の神様とかまでいたところも日本人の感覚に似ている。だから神官とかもいたが、現実的権力は全く無く、人間のことは人間が決めて作る世界観だ。そのあたりはさすがにインフラ大好き法律民族、ローマ人だと思う。

    以上、完全に自己満足だけど、書きたいことを書いてなんかスッキリ。

    書き手

    海秋紗

    海秋紗

    神奈川県葉山町/57歳

    ©30YEARS ARCADE