お便りフォーム

    お名前(ニックネーム)*

    Eメール*

    宛先*

    メッセージ*

    風早草子

    風早草子
    カザハヤソウシ

    日常風景の記録

    向かいの家の解体が終わり、完全な更地になった。人間の記憶は不要なことをどんどんデリートしていくようになっているので、前がどんな風景だったか?とかはすぐに思い出せなくなる。何となくそれもさびしいので、なるべくそういう写真は撮っておく。特に意味はないけど2枚重ねてビフォアーアフター。

    自分のことを「記録魔」とまでは思ってないけど、標準的な人に比べれば、たぶんかなりの記録魔、となるのだろう。理由はいくつかある。一つは職業病で、取材に行ったら情報だけでなく、絵柄も記録しておきたいタイプ。あと、訪ねた場所や店は、外打ち(まあ外観のことです)押さえておくのも職業病。編集で困った時に安易に外打ちを使うのはあまり上等な編集ではないけど、外打ちが無くて悶絶する時もあるので、保険としては重要なのだ。まあ私生活でいちいち外打ち押さえる必要は全くないのだけど。

    日々の記録を割と細かく付ける別の理由は、リスク管理、エビデンス、まあ保険みたいなもの。この日記を書くのとは別に私はiPadに入れたdaily trackerというアプリに日々の出来事を結構マメに記録している。父の付き添いで何回くらい、いつ大学病院へ行ったか?など、この記録で調べられる。仕事上で対応を記録しておくべきようなことがあったときは、なるべくここに記録を残すようにしている。これは結構重要で、業務上、何か問題が勃発した時に必ず、それまでどんな対応をしてきたのか?上司や危機管理部門から問われることになる。日々ちゃんと仕事をしていれば、問題はないのだけど、それをまとめて報告せよ、ということになると、それなりに大変だ。でも日々アプリに電子データとして記録しておけば、記録を辿るのは簡単だ。ミソは手帳とか紙の記録と違って「検索」ができることだ。キーワードを入れて検索をかければ、そのワードが入った日の記録を全て表示してくれる。だから誰か部下が問題を起こした時に、その部下の名前を入れて検索を掛ければ、その件について最初に報告を受けたのは何月何日か、それを誰にどのように報告をあげたか、部下にどのような指示を出したか、それはいつか?などの経緯がすぐに辿れて、あっという間に報告書が作れる。部下が何か問題を起こせば、真っ先に疑われるのは、上司が適切な管理を怠っていたのではないか?ということだ。だからそれまでの経緯の報告メモを出せ、と言われることになる。その提出に時間がかかると、上司怠慢の疑いが高まっていく。逆に詳細な経緯のメモが一瞬で提出されてくると、そういう疑いはかけられずに済む。というか、予想以上に速く詳細な報告書が出てくると、「ここまで普段から管理しているのか!」と相手がビビる。迂闊なことは言われなくて済む。まあこれは私が「記録を出せ!」という側で2年ほど仕事をしてきたことにもよる。逆の立場になってあれをやられて苦労するのは嫌だな、と強く思ったので、そうならないように取っている保険。ただ幸か不幸か、この保険、これまで何度も活用する機会があり、本当に救われている。

    ちなみに検索前提の記録なので、入力する時にそれを意識して、ワードの選択には注意が必要。上司に報告した、みたいな記録は、部長、とか○○さん、とかその時々で名称が違わないように「○○部長」で統一しておくような感じ。日々の生活の記録でもたとえば、髪を切ったなら、必ず「散髪」というワードを入れておくとか。その時の気分で「髪を切った」「床屋へ行った」とか表現がバラバラだと検索にかからなくなる。まあ自分が一年に何回散髪したかとか検索できなくても全く困らないのだけど。(笑)

    でもとにかくあらぬ火の粉が降ってきて疑いがかけられた時、命を救うのは些細なエビデンスだったりする。一人で車を運転して取材に行った出張の不正が疑われたケースとかで、現地のコンビニで買い物をした時にクレジットカードで支払っていたため、それが実際に現地に行っていたという証拠になって命拾いした人物も知っている。やや生臭い話で嫌だが、正直、リスクだらけの世界で生きてきたので、さまざまな対策は抜かりなく日々やっておかないと、命がいくつあっても足りないし、そういうところが甘い人間には基本、重要な部分は任せられない。

    ただここまで随分キナ臭いことを書いてしまったけど、私が日々、日常の細々したことを写真に撮り、記録や日記に書いている理由は、たぶん、日々懸命に生きている自分や家族の生活を愛しみたいからだと思っている。毎日毎日、本当に大変だったし、今も大変だけど、みんな頑張っているし、その積み重ねで今がある。大変な毎日もきっと意味はあるし、それを愛しみたい。そんな気持ちだろうか?

    これは10年ほど前、双子が幼稚園に行っていた頃、朝、幼稚園バスを待っている時の写真だ。妻が早朝の仕事をしていた時期で、8:15に来ることになっている幼稚園バスに双子を乗せるのは私の仕事だった。私は制作部門からリスク部門に異動した時期でそれまで不規則だった勤務が毎日黒革靴履いて朝出勤しないとならず、慣れない仕事に苦労していた。雨が降ると道が混んでバスはなかなかやって来ず、私の出勤時間もジワジワ遅れていく。私は渋滞を避けるためにスーツの上に上下のレインコートを着込んで土砂降りでも双子を預けたあと、駅まで自転車で猛ダッシュしていた。でもそんな頃の写真も今見ると懐かしいし、撮っておいてよかったと思う。

    そして今はまた毎日この日記を書いているわけだけど、その意味は何だろう?しばらく前に店主から書き手にそういう問いをもらってからずっと考えていた。確かな答えはまだわからないしこの先もわからないかもしれないけど、今の時点では、生活記録には書かれず、写真にも写らない、今の自分の心の有り様、気分、気持ちみたいなものを綴っていくものなのかもしれない、と思っている。

    ただこの日記にいるみなさんは皆、自分の気持ちを毎日上手に綴られているなあ、と思うけど、私はそれが結構苦手だ。(笑)

    書き手

    海秋紗

    海秋紗

    神奈川県葉山町/57歳

    ©30YEARS ARCADE