もぬけの空
10日ほど前まで、びっしりハチが群がっていたアシナガバチの巣が、いつのまにかもぬけの空に。ちょっと早すぎる気もする。 少...

風早草子
カザハヤソウシ
2025年8月8日

グループホームに入居させた母を訪問するという最も気が重い日。
認知機能が著しく低下し、転倒も繰り返すなど身体機能も悪化していた母。ヘルパー、訪問看護師、在宅リハビリ、お弁当の配達など、さまざまな支援メニューを取り入れることで、何とか一人暮らしをしていたが、この春、兄と私で限界、という判断を下した。職員が常駐し、24時間ケアをしてくれる認知症の高齢者のグループホームへの入居、というのが私たちが下した結論だ。かかりつけ医、ケアマネ、訪看、ヘルパーなど、関係者も意見が一致した選択だ。費用はそれなりにかかるが、幸い母にはそれなりの年金が支給されていて蓄えもあるため、悪くないグループホームに入れる。ただ唯一にして最大の問題は母本人という話。環境の変化とか、新しいサービスを受けるとかを極端に嫌がり、不安がり、心配するという病的な気質は、加齢とともに拍車がかかり、もはや心配病、不安病というレベル。本人を納得させてグループホームに入居させるということは元から不可能な話だった。結局、医師にも協力してもらって姿勢改善のためにリハビリ施設に入る、みたいな「騙し討ち」を敢行して母をグループホームに入れたのが6月16日だ。私が業務繁忙期に入っていたため、この気の重いミッションは兄と、この分野のプロである兄の奥さんが担ってくれた。
ホームからの連絡で、入居した母は特に問題もなく生活をしていると聞いていた。不平不満を言ったり、家に帰ると駄々をこねるようなことはしていないということ。まあ外面はいい人なのだ。そして極端に傾いていた体の姿勢も改善してきているらしい。人の目に常に触れる生活の方が効果的だったのかもしれない。ちなみに母は、寒さ暑さへの不安や心配も極端になっており、夜寝る時にエアコンをつけたままにすることを異常に恐れていた。ただし、リモコンの適切な使用はもう無理で、おやすみタイマーの設定とかはできない。寝る時もエアコンはつけたままでいい、と何度言っても「夜中に寒くなったら怖いから消したい」と頑なだった。なので、今年の猛暑の中、6月のあのタイミングで入居させていなかったら、家で熱中症になっていたリスクも高かったと思う。そういう意味でも、正しい選択だったと私と兄は思っている。ただそういう正論とか道理とかは母には通用しない。
そもそも入居が騙し討ちなので、慣れるまで一定期間は家族が面会に行かない方がいいと言われていた。その一定期間というのは、ここまで長いものではなかったと思うが、兄も私も一人で行く気にはなれないので、結果的に互いの休みが合わせられる今日となった。そして意を決して今日、母を訪ねたわけだ。
まあ最悪の想定は覚悟して行ったのだが、結果はその斜め上だった。久しぶりに会って「どなたさんですか?」みたいになっているかも?とも思ったが、兄と私のことはしっかり覚えていた。そして騙し討ちされたことも。ただ家で倒れて立ち上がれなくなり私が職場からタクシーで駆けつけたり、近所で転倒して救急車を呼ばれたりしたことは完全に忘れている。だから言うことは騙し討ちへの恨みつらみと「いつ帰れるのか!」という話のみ。真っ正直な兄がそれに正論で説明しようとするので、噛み合わない母の不平不満が延々と続く。落とし所など存在しないので、いい加減なところで切り上げて私が打ち切ったが、受けたダメージはなかなか深い。
母との面会の後、施設の担当者と話す。その話を聞くと、「こんなところでは全然眠れない」と母は盛んに言っていたが、毎晩よく眠られています、ということ。また入居者のうち、一人二人親しくなった人もいて仲良くやっているらしい。外面はいい人だからかもしれない。元々不平不満や嫌な人、嫌いなことの話をするのが「好き」?な気質な人なので、身内が来たのを幸い、普段口にできていないネガティブ毒言葉を吐き散らしたかったのかもしれない。ただこれを食らった兄と私が、果たして次にいつ訪問する気になれるか?分からない。また、孫や親戚に、訪ねてやってください、ともとても言えない。「よく来てきてくれたね」と素直に喜んでくれるなら、子どもたちを毎週でも行かせてやりたいのだけど。気の毒な気質だと思う。まあ優しくない息子二人しかいないことも気の毒ではあるが。
終了後、兄と互いに労い合うミーティングをしばらくやり、今後の方針なども確認して帰宅。
家に帰ると鹿児島から帰省した長男。長女は今日も病院に行った結果、やっぱり手術が必要かな?という医師の診断になったということ。でも盆休みが入るのでそれは15日以降。壊れたバイクは、バイク屋さんが回収してくれて保険会社とやりとりして修理に入る模様。そして明日警察に行き事情聴取があるということでまた私が送迎。うーむ、受験生が3人、骨折して右手が使えない娘、大飯ぐらいのヒマな大男が帰ってきた家。私の夏休みとは?

神奈川県葉山町/58歳