始まり
今年は植え付けが遅かったキュウリだが、ようやく成長してきて実り始めた。昨日までに2本収穫したが、今朝は6本を収穫。少し小...

風早草子
カザハヤソウシ
2025年11月8日
母が認知症のグループホームに入所して5ヶ月になる。私と兄は8月7日に面会に行った。以来、足がなかなか向かなかった。この間、母の妹にあたる叔母、そして甥にあたる私たちのかなり年上の従兄弟が面会に行っている。その報告は聞いている。その際の写真や、施設からの報告で暮らしぶりや雰囲気は把握できている。外面はいい人なので、職員や他の入居者とは特に問題なく穏やかに暮らしているようだ。そして入所前、何度も転倒をしていた原因の一つと思われるひどい体の傾きは、施設で定期的に受けるリハビリの効果と思われるが、劇的に改善して、立つ姿が真っ直ぐに戻っている。施設では、常に周囲に職員などがいるので、入所前、絶え間ない不安に苛まれ。常にカサカサ物を探して動き回ったり、私たちや他の周囲に電話を掛けまくったり、ピンポンを鳴らしまくったり、という状況もないと思われる。
ただ、私と兄の顔を見ると、話は別で「私はいつ帰れるのか?こんなところに入るとは聞いていなかった!」みたいな暴言と呪いの言葉しか吐かない。まあ元々入所が「騙し討ち」なので、ある意味、仕方ない。でもあの時は私も兄もかなりメンタル的ダメージを食らってしまい、二人でデニーズでミーティングをして、お互いに慰め合った。
父の死後、この3年間、認知症の症状が進行する母の暮らしが成り立つように、私と兄、そして兄の奥さんと私の妻、そして子どもたちにも協力してもらって、手は尽くしてきたつもりだ。さらに遡ると、この10年ほど、父のパーキンソン病他の進行で介護の負担が重くなる中、母の負担が軽減され、二人のQOLが向上する方策やプランを探して提案し続けてきたのだけど、ことごとく母の理不尽な断固拒否にあって、全てが後手後手になってきた。正直、コロナの頃は、あまり動けないことにかまけて、「もう二人で勝手に死んでくれ」という気持ちにさえなっていた。
まあそれでも親なので、投げ出さずに面倒は見てきた。転倒して立てない、と連絡が来た時は職場からタクシーで駆けつけたし、風呂で転倒して肋骨を折った時は、私が一週間ほど泊まり込んで面倒を見た。しかし、冷蔵庫の食べ物が腐り始め、リモコンやエアコン、スマホの操作が全て怪しくなり、不安なことを一日に何度も兄の奥さんに電話し、近所のひと、マンションの管理人にチャイムを押して聞きまわり、さらに家の内外で転倒を何度もして怪我をするような状況となり、医師、ケアマネ、訪看さん、ヘルパーさんなど、関係者の一致した考えのもと、グループホームへの入居となった。近くにいい施設の空きがあったこと、そしてそれなりの年金をもらっていて、費用的な心配はあまりないことはとても恵まれていることだと思っている。
結果、6月の入所以来、母は安全に、穏便に施設で生活を送っている。ただ、面会に行った叔母などからは、単調な暮らしで可哀想でないか?かえって認知症が進んでいるのではないか?みたいな、連絡をもらっている。それまでの苦労を分かってない人に言われても、というのが私と兄の気持ちなのだけど、まあ親族なので仕方がない。とりあえず、安全に安穏に生きているなら、それでいいのでは?と思うのだけど、あまり面会に行かないのもどうなんだろう?と8月以来葛藤してきた。でも私も兄もなかなか足が向かない。私たちの顔を見た時に母が言い出すことは想像が付くからだ。と言いながら3ヶ月。11月7日は母の誕生日。83歳だ。重い腰を上げて、そのタイミングでは面会に行こう、と兄と決めていた。

今回は兄の奥さんも同行してくれる。彼女はケアマネ資格を持ち、福祉の業界を目指し人に教える仕事をしている、いわばプロ。父の介護の時から、とても助けられてきて感謝しかない。母を支えるケアマネや訪看さんなどとの窓口も彼女がかなりの部分を見てくれていて、母が不安なことを電話で聞いてくるのも最後の方はほとんど彼女に対してだった。そういう形でとてもお世話になったのだけど、今日訪ねると母は兄の奥さんについては「誰だっけ?」という反応だった。私と兄については、すぐに分かっていた。兄の奥さんは、訪問前から「お正月はどうするか?」ということを気にしており、少し連れ出してみんなで食事でも?という感じに考えていた。それで母といろいろ話していたのだけど、話しているうちに彼女のことを思い出し始めた母は、以降は「どうして私はここにいるのか、どうしたら家に帰れるのか?」という話以外は全くせず、どういなしても、納得も安心もしないのでエンドレス。もちろん一人で暮らしていた最後の頃、何度も転倒したり、周囲に多大な迷惑をかけていたことなど、都合が悪いことは全て忘れている。1時間くらい続き、見ているのも聞いているのも辛くなってきたので、兄と促して打ち切って帰って来る形となった。
結論として、正月に外に連れ出すのはやめた方が良い、ということになった。また、うちの長女と長男、兄の大学生の息子と3人で顔を店に訪問させたら、喜ぶのでは?という考えもあったのだけど、孫の顔を見て、またどういうネガティブスイッチが入るか予想がつかず、これもやめた方がいいだろう、という結論。
冷たい息子と思われても仕方がないが、正直、どうしていいのかわからない。今日の訪問で兄の奥さんもそれなりにダメージを食らっており、私も兄も、またしばらく足が遠のいてしまいそうだ。不義理、親不孝と言われても仕方がないが。
「よくきてくれたね!」と迎えてくれて、「また来てね!」と笑顔で別れられるなら、毎週でも子どもたちも含めてローテーションを組んで、訪問するようにしてもいいのだけど、現状はそれとは程遠い。
仕事を休んで訪ねた母の83回目の誕生日。覚悟はしていたけど、苦い一日となった。

神奈川県葉山町/58歳