卒業 その3
長女の大学の卒業式。会場は大学ではなく幕張メッセだし、式は行かなくていいかな、と思っていたけど、妻の書道の展示も月島で今...

風早草子
カザハヤソウシ
2026年1月1日

大晦日、冬季講習は午前中ということで双子は朝、起こして塾へ。他の人が寝ている間に、リビングを片付けてルンバを起動して、今年最後のランニングへ。

長者ヶ崎でウミアイサの群れに出会えた。またこの辺りでは滅多に見かけないシノリガモというカモにも出会えた。走り納めとしては上々。ナイキのアプリで確認すると、2025年は304ランで走行距離は2100キロ。

家に帰り、ルンバが埃を吸ってくれたリビングの床を水拭き。次男と長女を動員して3馬力。毎度のことながら、床を拭いた雑巾があっという間に真っ黒になるのに苦笑。どんだけ汚い家に普段暮らしてるんだ?(笑)腕に力を入れて懸命に拭くと、いつまでやっても新たな汚れが拭き取れる。やり始めると気合が入る長女がいつまでもゴシゴシ拭いてくれているけど、1時間半ほどやって切り上げ。まあどうせすぐにまた汚れるのである。それでもやはり床を拭くとかなり気持ち良くなる。

大晦日だし、2025年を少し振り返ると、まあ今年も色々あった。激動の一年?いや我が家の場合、激動がデフォルトかな。これまで平穏とか平和な年とかなかった気がするなー。
年初から1年間、この日記を書き続けた初の年だったな。元日は鹿児島で桜島と一緒に初日の出を見た。それから始まった1年、特に前半は仕事に必死だった。去年の秋の全国展開で見えた課題や懸案を全て解消するのに加えて、さらなる高みを目指すチャレンジに向けて孤軍奮闘していた。日記を少し振り返ると、自分に鞭を入れるような記述が多くてちょっと痛い。(笑)でもまあ、努力の甲斐はあったかな。3年前に発意したDXはほぼ成就した。3年前、私が「AIも活用してこの業務のフローを抜本的にDXする」というプランを言い出した時、周囲は明らかに「このヒト、ナニ言っちゃってんの?!」という懐疑的、冷笑的な反応だった。できっこない、とか危険だとか、まあ見事に抵抗勢力ばかり。でもそういうことを言う輩というのは、だいたい、何となく難しそう、大変そう、また漠然と危険だと思うから変えないほうが良い、と思っているだけで、何がどのくらい難しいのか、どんな危険があるのか、具体的に考えていない。思考停止しているのだ。だからそういう周囲の反応は最初から織り込み積みだったし、私には自信があった。それでも孤独な戦いはなかなか大変だったのは事実。それが今年の7月で報われて、誰の目にも私が正しかったことがはっきりしたことは今年の最大の成果かな。そういえば、3月には一番エライ賞ももらった。これは、賞をもらうことで、それが錦の御旗のような効果を発揮して、業務の推進に加速がつくことを期待していたのだけど、残念ながら、そういう効果はゼロだった。(笑)むしろ組織の硬直性を改めて思い知らされ苦味を感じたくらい。まあでも賞金はもらえたからいいか。
この賞金を元手に買ったのが新しい望遠レンズだった。妻が次男高3野球部の激闘をカメラに収めるべく奮発。期待に違わず、次男のチームは春大会で奇跡の予選突破、夏はチームとして10年ぶりの3回戦進出。私も妻も存分に楽しんだ。双子中学生の野球部は残念ながら1回戦負けだったけど、部員が少なかったのを双子が一生懸命勧誘して増やし、初心者だった女子選手もいる単独チームで最後まで戦い切ったのは素晴らしかった。
長女はバイクでタクシーとぶつかって骨折したのは余計だったけど、就活に卒業研究にバイトに頑張り、希望する企業の内定を見事に取った。いよいよ2026年は我が家を巣立っていく。
骨折といえば、双子1号くんの骨折も余計だったな。(笑)
鹿児島の長男はこの年末年始は帰ってこないけど、相変わらず航海実習などに出たり、元気にやっている模様。そういえば、夏に沖縄で溺れた中学生を救助した件で、学長表彰もしばらく前に受けたと言っていた。長男らしい。頼りになる大男。来年は大学4年生、どんな進路を考えているやら。
そして母のグループホーム入所。転倒した、立てなくなった、とかで私も何度も駆け付けたりして対応してきたが、進行する認知機能の低下が限界という判断になり、ついにグループホームに入れることになった。兄とともに色々苦い気持ちがあることは事実だが、受け止めるしかない。この10年ほど、父のパーキンソン病の介護問題、というよりも、実はそれを介護する母の理不尽で支離滅裂なメンタル問題に悩まれ続けてきたのだけど、それが一区切りしたことは確かだ。
相変わらず、妻は忙しいし、慢性的に働きすぎだけど、まあ仕方ない。幸い、私も妻も体は健康かな。5人の子どもを育てる私たちの果てしない旅路はまだまだ続く。でも、大変ではあるけど、きっと5倍面白いと思っている。
そして、極端に友人が少ない私にとって、この日記を書くことで、新たに家族でも仕事でもない方たちに出会って、繋がったのは大きな変化だった。この関係が友人というものなのかは、よくわからないけど、明らかに何らかの関係性が構築されている。それがこの先、何をもたらしていくのか、答えがわかっていない壮大な実験は興味深い。

さて大晦日の夕暮れ。次男と双子といつものように海でキャッチボールとバレーボール。受験生3人。来年はどんな結果になるやら。
とりあえず2025年、お疲れ様でした!


神奈川県葉山町/58歳