勝利の余韻と花粉と
ドキドキの試合を見た高揚感の後遺症か、月曜日、あまり仕事やる気が出ないまま出勤。それもあるが、多分、気温が上がった土日、...

風早草子
カザハヤソウシ
2026年2月15日

朝、妻を横須賀に迎えに行く用事があり、そのついでに神社に行こう、ということで走水神社へ。私は初めて。日本武尊が東征に行く時にここから千葉に渡ったとか。律令時代の東海道は三浦半島から上総に海路で渡るものだったらしい。日本武尊が海を渡る時に海が荒れたため、妻が身を投げて嵐を抑えた、という伝説があるそうな。由来の真偽はさておき、由緒深そうなパワースポット感だった。

横須賀だけに昔の軍のビッグネームがあった。ロシアの水雷がなぜ奉献されているのかは謎だけど、上村彦之丞は知ってる。日露戦争の時、第二艦隊を率いてロシアのウラジオ艦隊を追撃に苦労した軍人だ。旅順攻略のために人員物資を輸送する日本軍に対して、ロシアのウラジオ艦隊は輸送船を攻撃する通商破壊を仕掛けていた。これを防ぐべく、第二艦隊を任されていたのが上村彦之丞。しかし、航空機もなく、通信手段も脆弱な時代、広い海域を跳梁する敵艦隊を捕捉するのは至難の技で、その間に常陸丸事件というのが起きて激しい批判にさらされた。これは兵員を輸送する船が撃沈され、1000人以上の将兵が死亡した事件だ。議会で責任が追及されて上村の自宅には投石までされたらしい。今で言う「炎上」だろう。丸腰の輸送船で戦闘艦の攻撃を受けて、なす術もなく海の藻屑になった将兵はさぞかし無念だったろうし、国民の憤慨もわかるが、なぜ輸送船に護衛を付けていなかったのか?というのも不思議なところだ。何にしろ、戦争というものが起きると、敵の弱点を突くのは常套手段であり、むざむざと大量の人間が死ぬ。その多くは徴兵された若者だ。
自宅に投石されながらも上村は冷静だったらしい。上村は薩摩人で元は侍。というか日露戦争で全線の指揮を取った指揮官は、全員、若い頃は刀を腰に差していた侍で、幕末のテロ、動乱、戊辰戦争や西南戦争の激戦を経験してきた歴戦の猛者ばかりで、メンタル的にタフな人物ばかりだったのだろう。
第二艦隊は常陸丸事件の二ヶ月後、蔚山沖でついにウラジオ艦隊を捕捉し、これを撃滅している。その際、沈没する敵艦から626名を救助している。ただもちろん、死者はロシア側にも日本側にも多数出ている。戦争というのは簡単にたくさんの命があっという間に失われるものなのだ。平和な時代が続き、戦争というものが遠くなっている私たちは、意識して、過去の戦争というものを学び、知っておく必要がある。

割と暖かった土曜日、今日も佐島までランニング。体力は回復してきている。そして今日は巨大カリフラワー。カリフラワーも結構好きなのだけど、最近スーパーはブロッコリーばかりでカリフラワーは少ない。あっても一個400円くらいしたり。でも野菜産地の三浦半島では冬場、いつでも安く買える。カリフラワー他、庭のジャガイモとか色々野菜をぶち込んでシチューにしたら、なんかすごい量になった。平和な休日。(笑)
庭ではオオイヌノフグリが、海岸ではハマダイコンが咲き始めた。季節は着実に春に向かって進んでいる。


神奈川県葉山町/58歳