シジュウカラの悲劇
一週間ぶりに家に帰ろうと電車に乗っている時に妻から写真が届いた。 巣箱を襲うヘビ。やられた! 巣箱の天敵であるアオダイシ...

風早草子
カザハヤソウシ
2026年2月20日

今日はホテルを10時にチェックアウトすればいいので、少しゆっくり京都を走ろうと7時半からランニング。京都は結構寒いが、昔住んでいた一乗寺を目指す。鴨川沿いをひたすら上っていく。
鴨川に結構カモが多い。数も多いし、種類も私が学生の頃と少し違う。ウミアイサと近い仲間のカワアイサという魚食性の大型のカモも見られた。あまり小さい川に来る鳥ではなく、学生時代は鴨川で見たことがなかった。そしてユリカモメが全然いない。
ユリカモメは元々は鴨川にいなかった鳥だ。伊勢物語の東下りの章で、主人公が隅田川を渡る時に見た鳥がユリカモメだと言われている。都には見ぬ鳥なので船頭に名を尋ねると「都鳥」と教えられたため、主人公がその名に掛けた歌を詠むわけだ。ところがどういうわけか、1970年代頃から現れるようになり、私が学生の頃は冬の鴨川のシンボルのようにたくさん見られた。知り合いが網で捕まえて標識を付ける調査の手伝いに行ったこともある。一回で50羽くらい捕獲できていた。鴨川のユリカモメは夜は琵琶湖の沖合湖上でねぐらを取るため、毎日夕方、大群で東山を越えて琵琶湖へ向かう。私は大文字山の大の字に登り、見晴らしの良い斜面で、よくその様子を眺めていた。ユリカモメの数百羽の群れが、大きな生き物のように形を変えながら、京都の街の上空をのたうつように飛び回り、しばらくすると急にスイッチが入ったように群れがギュッと圧縮されたように詰まって、一気に上昇して東山を越えていく。ちょっとしたスペクタルで私はいつも見とれていた。
しかし、近年、鴨川にはほとんど現れなくなったという。ユリカモメそのものは各地に相変わらずわんさかいる。葉山でもたくさん飛んでいる。それが急に鴨川に現れて、数十年後にまた来なくなったのか?鳥に聞かないと分からないことはたくさんある。

四条を越えて、三条、御池を越えて丸太町を越えて、今出川まで来ると、加茂川と高野川の合流地点の出町柳のデルタ。一乗寺は高野川方面だ。ここまで来れば一乗寺はもうすぐ、という印象だったが、案外遠かった。というか、自分のアパートが北大路よりさらに北にあったことを忘れていた。家族と車で京都を通った時にアパートに来たことはあるのだけど、わざわざ目指して行くのは何年ぶりか?

そして辿り着くと、名称は変わっていたが、私が暮らしたボロアパートの建物は今も健在だった!

この狭くて急な階段を上がったところが私の部屋だった。建物はボロいけど、東側が開けていて日当たりが良い、快適な部屋だった。今はどんな人が住んでいるのか?

徒歩30秒のところにあった銭湯は無くなっていたが、私がよく酒を買っていた酒屋さんは健在だった。顔馴染みだったおばちゃんはさすがにもういないと思うが、店が続いていて嬉しい。このアパート見ると、やはり私の京都学生時代は「森見的」な気がする。(笑)

京都駅近くのホテルからここまで8.6キロ。走って帰るのはちょっとしんどいし時間もかかる。こういう時は電車、バス、地下鉄で帰ってしまえば良いのである。出張ランニングのライフハックというやつだ。(笑)今時、Suica一枚持ってれば大丈夫。


今回は一乗寺から叡電で出町柳まで行って、京阪電車に乗り換えて七条まで。帰りはあっという間だ。久しぶりに叡電に乗れて楽しい。格好いい車両が導入されていた。京阪電車が出町柳まで伸びて叡電と繋がったのは私が大学4年の時だったと思う。就活で大阪に行くのが便利になって助かった。
懐かしい記憶が蘇る出張も終了。新幹線で報告書を仕上げてプロジェクトに共有。1月の記憶が鮮明なうちに地方の担当者に直接会ってインタビューできた収穫は多かった。また私の管轄ではないけど、地方ごとに大きく違っている業務環境は、大きな問題だ。
家に帰ったら妻ではなく、sakiさんがいてちょっとビックリ。(笑)金沢のお菓子を一つ食べていただいた。夜は能登のお酒。お疲れ様でした。


神奈川県葉山町/58歳