海老天だと思ってたらちくわ天はだいぶ悲しい
今日は一日中撮影アルバイトだったため、昼も夜もお弁当。 しかも、cm撮影のため、お弁当が豪華。 昼はとんか...

もしもし五島列島
モシモシゴトウレットウ
2025年11月30日

一つの料理に対しての一文くらいの説明だとしても覚えていないことが多い。
なんの何って言ったけ?と毎度の如く言ってしまうし、一緒にいる人も誰であろうと、誰でもどんな時でも、そう言ってる気がする。
ワイワイ系の居酒屋で周りの騒音のせいで聞き取れないかったから覚えてない時もあるし、高級店で静まり返ってちゃんとウェイターの人の目を見て話を聞いたにもかかわらず全く覚えていない時もある。しかもついさっき言われたことなのに全く覚えられない。不思議だ。
しかし、これが一人でいる時だとちゃんと理解して、数日後までその記憶が保たれることが多い。イヤホンとかをして真剣に説明を聞いてなくても覚えていることが多い。
誰かとご飯に行って、料理の説明を覚えられないのは料理よりその人といる空間の楽しさに完全に脳が支配されすぎて、どんな説明も、情報も受け付けられなくなっているのではなかろうか。
つまり、誰かとご飯に行って料理の説明を帰宅後も鮮明に覚えてしまっていたらその会は自分にとってそこまで満たされていないものと言えるかもしれない。(これは流石に強引すぎ・・・?もちろん、料理が衝撃的すぎて記憶に残ってしまうパターンもあるだろうが、楽しい食事会というのはどんな料理も叶わない。その素晴らしい料理と空間が楽しい食事会を演出してくれているのに間違いはないが・・・)
何が言いたいかというと、料理の説明はどうせ誰も頭に残らないので店員さんも真剣すぎなくていいよという話。もっと雑でいいよ。
ということと、その瞬間やその時は何にも理解できなくてもいつかわかるようになったり、そもそもそのレベルの情報だったということだったりするから一生懸命生き過ぎなくていいという結論。