能登の食、春
能登の家では貰い物が多い。田舎あるあるとは言え過剰なくらいにご近所さんが差し入れをしてくれる。 先日は同日に網元さんから...

のちの野良
ノチノノラ
2025年11月12日

両親の実家は山形県酒田市にある。日本海側の港町で、かつては北前船の寄港地として栄え、商人が富を築き「西の堺、東の酒田」と称されるほどだったが今はしっかりと寂れている。
火曜に仙台で仕事があるため、月曜の夜に親父と山形市で会う予定にしていた。だが、日曜の夕方にふと時間ができたので、急に思い立って山形に向かう前に酒田で墓参りをすることにした。こんなことなら、もっと早く動けばよかったが、思いつかなかったのだから仕方がない。
酒田に住む母親に電話やLINEで連絡を試みたが、なかなかつながらない。
何とかなるだろうという気持ちで見切り発車で出発。Googleマップによると、目的地までは車で6時間半。到着は21時半頃の予定だ。
途中で母親とも連絡が取れ、予定どおりに無事到着。
秋刀魚と牛タンでもてなしてくれた。

日本海側の酒田では秋刀魚は獲れない。

牛タンは仙台の店のものだそうだ。わざわざ選んでくれたのは嬉しいが、やはり地のものを食べたかった。

「からどり」と「もって菊」が嬉しい。それなりに疲れていたので夜ふかしせずに就寝。
翌朝、飼い犬が亡くなってから太ってしまった母と一緒に散歩をした。

河口沿いに住んでいて河川敷にはゴルフ場がある。増水の際にはゴルフ場がよく水没するので、しょっちゅう避難している。
酒田は日本海からの強い季節風と飛砂の対策で、松の防砂林がつくられた。人と自然が共存してきた象徴なのだが、松くい虫被害が甚大だった。

海水浴場も近い。海は荒れている。

荒れている海を眺めているオジサンを見て田舎を実感。

寒いし風も強いし雨もパラついているのに、ぼーっと海を眺めている。能登にいるときの僕のようだ。
帰宅後に母親がユリの種が取れるんだよーと教えてくれた。意識したことが無かった。

母親と別れて墓参りへ。
車を降りてすぐに豪雨。

笑っちゃうくらい豪雨。

手を合わせたのは一瞬で、後は墓を掃除した。今回もまた両家の墓参りを終えた。
今の自分があるのは、ご先祖様のおかげだと思っている。日々の暮らしの中で、どこか運に守られて生きているような気がする。
いつも気にかけてもらっているお礼を、直接伝えに行く。墓参りは、いわば顔合わせのようなもの。
単純に数少ない子孫が会いに来てくれたら、そりゃあ気になって可愛がっちゃうでしょうよ。人なんだから。僕だってきっとそうするもん。
車内でオンラインのアポ対応をして 、予約したランチへ。

向かう車内で植林された若い松を見て、少し安心した。
ランチはだるま寿司。地の魚を出してくれた。

山形へ向かう。ここから車で2時間。遠い。