ヨギボーがずっと欲しいけど、犬が荒らして中身が飛び散る未来が見えすぎているから買わない理由ができてよかった。ヨギボーがもし我が家にあったら、私はお手本のように、作った人たちがとても喜びまくる使い方を永遠してしまうと思う。アンバサダーになれると思う。ヨギボーが買えない家で本当に良かった。

と思っていたのに、同じくぐうたらの母が(というかぐうたらの母から生まれ、そこでそだてられたたぐうたらの私である。ちなみに祖母もまたぐうたら。)ものすごく心地いい座椅子を買っていた。大きくて、ふかふかで、一度座って背もたれをかけるともう二度とその場から立ち上がれないどころか、動けない。首すら回したくない。手ですら動かしたくなくさせる座椅子。

そういえば、私は今までの人生、座椅子を手に入れるたびに時間を取られてきた。

受験勉強を激しくしていた時、地べたに座ってやっていたので、痛くて、座椅子を購入した途端、全然捗らなくなって、ずっと背もたれにもたれかかってぼーっとしていた。

祖母の家でも、心地いい座椅子と共に本を縁側で読もうと思ったらすぐ寝る。背もたれにかかった瞬間寝る。本は1ページも開かず。

背もたれというものは、しなきゃいけないことがある時はあってはならないものなんだ。と気づいた。

今もずっと心地のいいフッカフカの座椅子にもたれかかって5分に1文字くらいしか打ってない。