双子2号君、バントが下手らしい。で、今日はその朝練に友達が付き合ってくれるから、ということでまた5時半起きで練習へ。「8時15分に黙祷できるかな?」と気にしていた。

普段なら8時過ぎまで寝ている次男が7時半に自分で起きて降りてきて、まだ寝ていた双子1号君も「今日は8月6日だよ」と声をかけると、慌てて飛び起きてきた。そして家族揃って8時にテレビの前に集合。私も普段は8時31分の電車に乗るのに余裕をもって8時10分過ぎに自転車で家を出て、汗をかかないようにゆっくり漕いで駅まで行くのだけど、今日は8時15分の黙祷を終えてから出勤。
今日は夏休み前の最後の業務の報告会。今週の大きなテーマは発生から10年経った相模原の障害者殺傷事件。重いテーマ。私も深く関わった案件なので、色々言いたいことはあり、かなり踏み込んだ意見も述べ、それも一応反映されている。風化させてはいけないし、難しい、というか思考の罠に陥りやすい命題。人間の価値を「役に立つか?立たないか?」で考えてはならない。それだけだ。
8月6日ということもあり、ちょっと思い出した過去の取材で気になっていた人物のことを調べる。アメリカの元軍人。戦後の広島の平和運動に身を捧げたバーバラ・レイノルズという女性がいるのだけど、彼女の行動のきっかけとなった人物。26年前に彼女の伝記を読んだ時に気になったのだけど、私の英語力、調査力では日本で集められる情報はほとんどなく、かと言って金をかけてアメリカのリサーチャーを動かすか?というほど、アタリもついておらず、手付かずだった。日本では現在ほぼ無名なので、日本語でネットを検索しても何も情報は出てこない。
でも、言語の壁を超えるAIならば?ということでリサーチ。その結果・・・・出た!盛大に出た。日本語に翻訳されていない本人の著書、そこに書かれている言葉や内容、ニューヨークタイムズなどでの報道記録、その他、詳しい生い立ちや学歴なども。そして私が全く知らなかったもう一つのドラマがあった。久しぶりに、ゾクっときた。これは来年の86か?
26年前のある広島の医師の生涯を伝えた私の番組にこの人物のエピソードは盛り込めなかった。バーバラ・レイノルズさんまでだった。でもこのリサーチ結果だと、十分彼だけで企画になる。そして1975年に広島に来ていたことも分かった。その際に私が取り上げた医師とバーバラさんとも会っている。これは必ず写真があるだろう。AI恐るべし。本当は日記にこの人物のサマリーを書こうと思っていたのだけど、企画として現実性が出てきたので、あえてやめておきます。来年をお楽しみに。(笑)
直接的なことは書かないけど、あの時代、米ソがガチで核軍拡競争、冷戦を繰り広げていた時代、核廃絶や平和を訴えることは、現在以上に、非現実的、お花畑、ファンタジーと見做される空気もあり、核廃絶の訴えは蟷螂の斧、ドンキホーテ的なものだった。でも、それでも行動をし続けた「屈せざる人々」がいた。そんな屈せざる人々の思いを伝えられたらいいなー。新たな目標ができた今年の8月6日でした。




