2年間ほど、銀座のルイヴィトンすぐ目の前のビルにある会員制のカウンターだけのスナックでアルバイトさせてもらっていた。

基本はママひとり、アルバイトひとりのスタイル。

ママも還暦超えていて、お客様の層も年齢が高く、アルバイトは落ち着いたこがよくて、せめて25オーバー、30くらいが理想と言われていた中、22でなおかつ、悪い意味で幼く見えすぎて知識教養全てが欠落しまくる私を直感で面接時間5秒で「明日からおいで」と雇ってくれたママ。

スーツっぽい服とちゃんとした靴を履いて濃いと言われたのに、ボロボロのしか持ってなくて、しかも靴はスニーカーで行ってしまい。ちょっとしかめっつらした後に、今日はそれでいいからと言って次の出勤日にピカピカの衣装と靴を授けてくれた。

料理上手なママが家庭料理などのご飯を振舞ってくれるのが特徴のスナック。

出勤すると大体ママはご飯を仕込んでいるので、「手伝います」というが、やることはないので、ただ座ってニュース番組を見て、そのことについてママと語り合っていた。(ママはニュースとか政治の話題が好きなの。と別のアルバイトのお姉さんに初日に教えてもらった通りだった)

出勤しているのに、座ることしかしてない。

簡単な洗い物が出たらその度に洗ったりはしてたけど、出勤の時点で仕込みはほぼ終わっているので、対して洗うものはない。

やることは食べることだけ。

お客さんが入る前に「とりあえず食べて」と、お通しの試食から始まる。ちゃんと席に座って、箸置きとマットがあって、立派な箸でお客さんに出すものと同じものをいただける。

「おいし〜!」というと、「ビールも飲んじゃいな」と、カウンターに立ってるママが客席に座ってスマホも出しながら、ゆっくりご飯を食べているビールを用意してくれるが、お酒が一滴も飲めないので、高級水を学校の水道水のように、グラスでガブガブ飲む。

そうだ。私はお酒が一滴も飲めない上に、お酒のことを何にも知らないのだ。

割り方もわからない。どのくらい入れていいかも、開け方もわからなくて、シャンパンも、ワインも全部お客さんに開けさせていた。

流石にビールや焼酎・ウイスキーの割り方はだんだん覚えていったけど、雑なので、常に泡だらけだったり、濃かったり薄かったりが激しくて、お客の好みも覚えられず、シラフなくせに記憶力もないので常連のボトルキープの場所も覚えない。

そしてなんと言っても、マルチタスクが苦手なので、話に夢中になるとお酒をすぐつぎ忘れてしまいお客さんが自分で入れるか、ママが結局何卓も見る感じになっていた。

こんなにノロマを極めている私に常にママは何も言わなかった。

そんなことより、出来立ての料理をお客さんと一緒のタイミングでカウンターの中で食べさせてくれたり、締めの味噌汁は一緒に座って出来立てのものを熱々のうちに。お客さんが手をつけるまで待っていたら、「先に食べちゃいなさい!」とママから指示があるお陰で先に飲み干す上におかわりまでさせてくれた。

飲まない食いしん坊だったので、お客さんが手をつけなかった食べ物も食べるようになったり、出前取る時も誰よりも多く頼ませてもらったり、朝が早いお客さんに次の日のおにぎりを持たせる時も私もいつも2個貰っていた。

他のアルバイトの方の、出勤日の時、その方は実は寿司が苦手なのに、アフターで毎回寿司に連れていってくれる常連の人がいて、そのことを知ったママは「この子も連れていってあげて」と言って私ものこのことついていき、横に座り、その方の分まで寿司をたらふく食べさせてもらった上に、ひとり大トロと中トロの食べ比べなどもしていた。高級寿司をワンコそばのように食べさせたもらった。

別のアフターでも、土瓶蒸しをラーメンの勢いで食べ切ったり、おばんざいやのつまみを足りないから何度もお代わりしてつまみじゃなくておかずとして楽しんでいた。ジャガイモの煮っ転がしを10個くらい食べさせてもらった。マックのポテト食べるように食べていた。

スナックで提供したご飯が余ればタッパーやジップロックに入れて持たせてくれた。

終電で帰ってすぐにその日のうちに食べることもあったし、次の日早く起きて朝から豚の角煮を、焼きしゃけおにぎり(鮭から焼いてくれてほぐしたやつを具材にした上に海苔も高級なやつをわざわざ炙っていて、塩も天然塩の美味しいやつ)にタレを浸してたらふく食べていた。

ママは角煮とカボチャサラダが得意で、これが私のたまたまドンピシャ大好物だった。

締めは毎回味噌汁と決まっていて、茅乃舎の出汁と、デパ地下の味噌とアサリなどの日替わり激戦具材。デパ地下でしか買い物しないので、どれも私には慣れない高級感たっぷりの背筋が伸びる味。

毎日インスタントの味噌汁と乾燥具材を欠けたマグカップで飲んでいたけど、この時期はインスタントの味噌汁の賞味期限を初めて切らした。何個も。

サバサバしていて、お客さんとも強い言い争いをできてしまうようなママだったけど、私がどれだけ仕事ができなくても、会話についていけてなくても、失礼なことをしてしまっても、一度も怒らなかった。

だから対して勉強もせず、接客も会話もいつも適当でカラオケもオハコしか歌わず、歩くのが遅くてドジなので、終電じゃなくて1本前のに確実に乗れるように切り上げて帰らせてもらっていた。たくさんの手土産とともに。

お客さんも基本みんなとてもとても優しかった。たまに、なんでこんな子いるのと言われたけど、ママはいつも笑って「直感よ!」と素早く流してくれた。

雨の日など、お客さんが1人も来ない日もあって、そんな時はほんとにずっと座ってスマホで漫画読んだり、ママとちょっと話すだけで帰っていた。

普段の日も、片付けや掃除は業者に頼んでいるので、最後洗い物をしようとすると「しなくていいよ!」と言われ、作業をやめてママと一緒に帰る。せめてゴミ出しのゴミくらい持ちます・・と言ってもこんなの軽いんだからいいの!そんなことよりあなたの荷物いつも重そうね。大変じゃない。と、私のパソコンが世代が古いせいと、たいして読まない本を何冊も持ち歩いているせいで膨れ上がったリュックを見てそう言っていた。しかも私の荷物が多すぎるせいで、お客さんの物置が無くなった時すらあった。

早く切り上げてアフター優先の日もたくさんあったし、休みの日はお客さんと一緒に競馬のVIP席で馬見てたこ焼きたらふく食べたり。

就活も大学も他のバイトもインターンも全て中途半端以下で将来がわからなすぎて、不安すぎて、友達恋人もいなくて、毎日も憂鬱だったけど、このスナックにいく時はいつもちょっと申し訳ない気持ちもありつつ、ワクワクで、のんきにアイス食べたりしながら向かっていた。

役に立つ実感なく、私は体を病気をしてしまい、療養で実家に帰らなきゃいけなくなった時、誰よりも深く深く心配してくれた。この時何個かバイトやインターンをしていたり、大学のつながりなどもあったけど、ここまで連絡をくれたのはママだけで絵文字が誰よりも可愛かった。そして文章が暖かかった。お陰で私はたくさんゆっくり休んでわりかしすぐ元気になった。

最後の給料は、お見舞金とともに入金してくれた。本当に私は何もしてないし、むしろ私が食費を払わなきゃいけないくらいなのに。

やめて1年立ったくらいに「行っていいですか?」と言ったときは「ちょうど女の子がいない日だから手伝って」と言われて、一応カウンターの中にいたものの、来てたお客さんもみんな常連の人で私のことを心配していた人しかいなくて、のんきにまたカラオケ2曲だけ歌って、誰よりも食べて、しかも、豚の角煮をカボチャサラダ。

味噌汁を吸って、また終電より今度は3本も前のにのって帰った。

こんなに楽しんだのに一応アルバイトだったのでお給料いただいた。

なんで私を雇ってくれたのか、考えれば考えるほどわからない。今でもわからないし、これからもわからない。ママもわからないのかもしれない。

本当に本当に直感だけなんだと思う。直感だけで、だけど雇ったからにはそこにたくさんの愛があって。

私はもっとこの感謝を受け取って真面目に働けばよかったなと今は後悔している。流石に甘えすぎていた。

このゆったりしたしょうもない私のしょうもなくても大丈夫となんか思える安心空間があってくれて、たくさんの世界を学ぶことができて、ママの優しさと愛をたくさんもらって。

すぐには気づけなかったけど、ずっとじわじわ実感していること。

本当に本当に、ありがとう。30年後くらいに私も同じ場所でママができないかな。なんてのんきにちょっと夢見てる。こんなにポンコツだから無理だとは思うけど、いただいた色んな栄養全て大切に大切に。また遊びに行かせてたくさん食べさせてください。