今日はちょっくら幕張までGO。予定の合間に時間潰しで本屋へ寄る。そこで雑誌クウネルのタイトルに目を奪われる。『どんな大人になりたいか?』というタイトル。そもそも大人ってなんだ?といろんな人の言葉が載っていて、どれもふむふむと思うしかっこいい。小泉今日子の「私は自分の好きなものを公言し、自分の人生を楽しんでいる大人像をもっと見せたい」がそうでありたいなと思った。いろんな人がいて、いろんなことに熱中している楽しそうな大人たちを下の世代たちに見せていきたい。これからの人たちが希望を持って自分もどうでありたいかと思えるような刺激を与えられるような先輩たちでありたいもんだ。でもさ、それは完璧じゃなくたっていい。そんな素敵な人が嘆いていたり悩んでいたり、みんなそんなのもんなんだよっていうのもいいな。

子供を産んでから、世間に助けられているということを感じられるようになった気がする。もちろん嫌なこともあったけど、それ以上に優しく声かけてもらったり、イヤイヤ期の2歳と赤ちゃんを抱っこしさらに買った重い食材を抱えていたら知らぬおばちゃんから「お母さん大変ね、頑張ってね」って言われるのも私は嬉しかった。まだ1歳未満の長女とお出かけして、ついつい電車の帰宅ラッシュになりかけの時間になってしまって、さらに赤ちゃんが泣き始めてしまって降りようかどうしようかワタワタしていると姿も見えない所から、おじさん?に『赤ちゃんは泣くんもんなんだからいいんだよ』って言ってもらったこともある。(これは忘れられないエピソード)。こちらが子供と大変そうでも見知らぬ顔をあえてしてくれる人、笑顔でいてくれる人、声かけてくれる人どれもありがたいものだ。通り過ぎる助けてもらった人に直接恩返しはなかなかできないが、私も余裕ができたら、恩返しとして次の世代にそういうことができる人になりたいと思ったものだ。

 私が大人になったと感じた人生での点は、世間に恩返ししていかなくてはと思ったところかもしれない。イシュミナで人生四季の話があったが、若い頃自分が幸せになるためにと精一杯だったかもしれない時期は『春』で、『秋』は周りに目がいった時かもしれない。すごい偉業は達成できないが、周りの手の届く人をちょっとした幸せな気持ちにさせたいな。できる人でいたいなぁ。