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    島縞

    島縞
    シマシマ

    食べられる実、食べられない実

    とこさんの「料理は、食べる人たちを思って作る場合と、在庫を消費したいものとがあるよね笑。」にそれでいいさーと背中に手を当ててもらった気持ちで、ふわっとからだが軽くなって、座っているだけで何故か存在している右膝の痛みが和らいだ。

     

    今日観た映画にアケビやグミ、くるみが出てきて、勝手に自分の記憶と繋がっていく。
    アケビは小学生のころ、山に入ってしょっちゅう取って食べてた。身より種のほうが多いんじゃないかってくらいで食べてる気になかなかならないのだけれども、口の中でやわらかいのとかたいのを分けて、種をププッて口から出す。
    秋生まれの私は、アケビが山から私への贈り物の気がしている。
    みつける度にこれは私のもんだぞ!って強い感情ではなく、手にした瞬間に静かに受け取るメッセージのような。

    小学校の帰り道でも、よく脇道にそれたものだ。
    畑と木に囲まれた、長い長い一本道には魚の骨みたいにたくさんの脇道があった。
    桑の実の頃には、桑畑に入り込んで口を真っ黒に染めたし、グミの頃にはちょっととんがった葉っぱに赤い実を目指した。
    椎の実を拾うのにひたすらしゃがんで歩いたり、椿の蜜を吸うのに、手当たり次第花を摘んだ。
    オオバコで葉相撲したり、ムラサキカタバミの花を噛んで口の中いっぱい酸っぱくしたり、カラスノエンドウでピープスゥと音を出したり。
    カラスウリは宝石みたいに思っていた。
    男子が、枝にジシンコを巣ごとすくって追いかけてきた時は、その頃クモが一番怖かった私は心臓がブルブル震えてた。
    子どもたちの背より深いなんのためにあったのか分からない溝を道にして歩いてみたり、シロツメクサの王冠やブレスレットで着飾ってみたり。

    朝は特に、ひたすら長く感じる通学路だったけれど、振り返ってみればなんと豊かな通学路だったことだろう。
    しかし、2kmほどの道のりを30〜40分かけて、その頃は土曜も学校で週6日も歩いたのだから、足腰も強くなるってものだ。

     

    くるみを初めて口にしたのも小学生の頃だった。
    友だちと3人だったかで休みの日に小学校のグラウンドで遊んだとき、ひとりがおやつにくるみを殻付きで持ってきた。
    『くるみ』という言葉は本を読んで知っていたけれど、直に見るのは初めてで、なんて洒落た子だろうと思った。
    専用のくるみ割りまで持参していて、割って見せてくれた。
    その時、美味しいと思ったのかどうなのか、口に入れた記憶まではないのだけれど、おしゃれなものとのであいとして衝撃を食らったのを覚えている。

     

    今日は、正月の実家で散歩の際にちょうだいしてきた最後の甘夏がおやつ。
    そうそう、イクリもしょっちゅう取って食べてた。酸っぱいもの繋がりで思い出した。

    今は、勝手によそ様の庭になるものをとるわけにもいかず、お店や無人市場で買うこともある。
    五島は、買うことが異例、と思えるものであふれている。

     

    書き手

    ひらのあすみ

    ひらのあすみ

    長崎県五島市/44歳

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