初夏を味わう
低気圧のせいなのか、治らない風邪のせいなのか、頭痛の兆しをこめかみに感じて低空飛行のまま。けれど読書時間のある満ち足りた...

島縞
シマシマ
2026年2月21日
連休初日、朝からオスプレイ3体が轟音で行き来している。
五島の陸自との合同訓練らしい。
『五島市 オスプレイ』でググると、市のHPにお知らせがあった。
そういうお知らせページがあることを初めて知った。

朝からオリンピック総集編みたいなインタビューを見て、オスプレイの家を揺らすようなドオオオオオを聞いていたら、普段は他人事みたいな自分のくせに国境離島の立場とか世界平和とかに思いを馳せてみた。
のだけれど、馳せられるほどの知識がないことに情けなさを覚えて、結局は目の前にいる子どもたちが大人になったとき、穏やかに過ごせていたらいいなっていうところに着地する。
知識がないことを嘆いたり、言い訳みたいに自分に言い聞かせる暇があったらもっと知ったほうがいい。のにね。
エッセイを読みながら、高校の音楽の時間のテストを思い出した。
先生の待機室みたいなところで、ふたりずつ呼ばれて歌のテストがあったのだけど、恥ずかしくてどうしても声が出せない。
先生と、もうひとりの女の子がいるだけなのに恥ずかしくて歌えないので、クラスメイトが歌うのを数人、先生と一緒に聞いて、何人目かでやっと観念して蚊のなくような声で歌った。音痴な自分をさらけ出す勇気がなかったのか、なんだったのか。
歌うこと自体好きではあったけれど、人前でなにかするのがものすごく嫌だった。
最初に一緒に入った女の子は苗字が一緒だった。
その子はとっても綺麗で、ハキハキもしていて、私と正反対の人に好かれるタイプの子。
ただ同じ苗字と言うだけで、勝手に比べて自分のことを卑下していた。
昨日思い出した中学時代の思い出は、先生がクラスの皆に指導する中で仲良し3人組だったうち、私以外のふたりの名前をあげて褒めたこと。
模範となる子を取り上げるのはよくあることだろうけれど、このときの私は私が取るに足りない、クラス一の悪い生徒のレッテルを貼られたような気がして悲しかった。一緒にいつもいるふたりが褒められるのに、私だけ名前を上げてもらえないのは、一緒にいるのによっぽどよくない態度だったのかと悩み苦しんだ。
別に一緒にいるから一緒くたに評価されるわけでもないし、たまたま先生の目に止まって褒められたのが仲のいいふたりだっただけのことなのだけれども。
私はよく、こうしてよくわからない基準で勝手に傷ついて、勝手に自己評価を下げてきた。
ただの妄想に過ぎないことに囚われてきた。
実家には普段は当たり前なのだけれども、よくみるとなぜに?って景色があちこちにある。
居間に、台所に、トイレにとそれぞれに毎年飾られる、どこぞでもらったカレンダー。
もう固定電話はないのに、以前あった場所に残る台とメモ用紙、そこに刺して保管されるトイレ汲み取りの領収書。
外の鉢に入れられ、何年も経って風化したビー玉。