セルリアン・ブルース
それは床。 水で落ちるクレヨンってのは便利だ。そういえば銀座にある月光壮にはじめて行ったとき、ちょうど窓ガラスに自由にか...
浮記
2025年8月29日
昨日の『すいか』の投稿を島縞さんが反応してくださって、キャッとなりました。しかも「そうそうそういうことを言いたかったのです!」とわたしの気持ちを代弁してくれているようで。ありがとうございます。夫にも「いま『すいか』観てるんだー」という話をしたら、「懐かしいなー小学生のときだよね」と言われたので「いやいや!わたしもそうだと思ったけど全然中2だったよ」と訂正した。なんだか遠いむかしの温かい記憶って感じなんだよな。わかるけど。
書いていてあることを思い出した。今年の春にNHK出版からでている学びのきほんシリーズ『はみだしの人類学』に出会い、もーページをめくるたびにfor me過ぎる捉え方(当時物事の良しあしをfor meかnot for meかで判断する訓練をしていた)に圧倒されまくり。読了後にパルコの上のお好み焼き屋さんでいかにすばらしい内容だったかを夫に熱弁したことをすごくおぼえている。
家族は血縁関係でなく、ともに暮らし、ともに食べ、養い合いながら、モノをやりとりする行為の積み重ねの先に生まれる。
家族である というより 空間を共有して暮らし、ともに行為を重ねることで家族になる。
『すいか』最終話。食卓に残された朝ごはんの梅干しの種たち、それを思い返すだけでじ~んときてしまうけれど、そういった梅干しの種は全然日常に転がりまくっている。それをすぐキッチンの流し台に運ぶのではなく、今日もわたし達ちゃんと生きたねえと、それらにしっかり目を合わせていきたいのだと思う。なかなかむずかしいけれど。
それで話は飛躍しまくるが、いま改めて学びのきほんシリーズについて調べていたら先月新刊が。『つながりのことば学』とあり、なんと著者は齋藤陽道さん。
我が家はEテレヘビーユーザーでして、毎朝毎夕「おかいつ」こと『おかあさんといっしょ』を子どもとみている。(この略称どうも受けつけないよ~と思っていたが便宜上使っていたら浸透してしまった)いまはもう普通にお世話になりっぱなしだし、みていていいこと尽くしという印象だけれど、保育園に入る前つまり子どもが1歳になる前、後追いがひどくて親であるわたしがツライからという理由でみせていたときは、まだ1歳未満だというのにこんなに1日中テレビばっかり良いのだろうか…という罪悪感もすこしあった。そんな日でも夕方になり、おかいつのエンディング曲『きんらきら ぽん』で ♪~「おーい!」 あしたよ まっててね~と歌い、出演者たちに ♪~わらって またあおう~とバイバイ手を振り番組が終わると、あーっっ明日っていう今日と変わらないような平坦な未来も、ほんとうは奇跡的なんだ、それでいてわたし達のことを歓迎してくれているんだ、と思えてきてなんだか泣きそうになっていた。いまでは振付をマスターしつつある子どもとたのしく全力で踊ることが多い。このさりげない名曲について調べることもなかったが、ある時夫が「この曲、作詞は齋藤陽道なんだね」とおしえてくれた。夫は齋藤陽道さんのことを知っていたようで、かんたんに話を聞いただけで興味がわいた。
あータイミングいいね!わーい。ということでこちらも図書館でポチッ!としようとしたら図書館にまだ?なかった。
ちなみに我が家ではいちど古本市に出店したのを機に「これから本はめぐらせよう!」となりまずは本を図書館で借りて、ほんとうにほんとうに家に置いておきたい本だけそのあと購入することにしています。さて、夫に相談してみましょ。今日は金曜日。土日は子どもとふたりきりなので、金曜の夜はゆっくり過ごしたい。
埼玉県さいたま市/36歳