菌とウイルス
だそうな。これに惹かれて入店しメニューみたら甘いの飲みたくなってマロンラテを選ぶっていう… 昨...

浮記
ウキ
2026年1月20日
先週の水曜日、『冬のなんかさ、春のなんかね』第一話を観た。ちょうど22時直前に寝かしつけが終わって、夫と一緒に観る久しぶりの連ドラ。ここからは、第一話時点の、身勝手な記録を。そしてネタバレ有りなので、もし気になる方はスクロールしないでください。ちなみに、第二話も観る、最後まで観る。

コインランドリーのシーンからゲゲゲのゲ!だった。ミッシェルがこういう扱いされるのかという個人的な嫌悪感と、話しかけてくる男・成田凌への嫌悪感と、初対面のふたりの会話すべてが。それは同族嫌悪とか共感羞恥なのか。人間と人間の興味ではなくメスとオスみたいな雰囲気がきまずすぎてポテチが進む進む!それでセリフが聞こえないという苛立ち。声ちっさいからCMがうるさいよ…同時に考える。これは映画だったらゆるせるのか?フランス映画だったら全然ゆるせちゃってるか?自分のなかの矛盾で頭がいっぱいになった。
今泉力哉監督作品は、観たなかで『退屈な日々にさようならを』『サッドティー』『街の上で』『愛がなんだ』の順に良かった。というか『退屈な日々にさようならを』がすきすぎる。そして他の作品はわからないけれど、いつも“関係性”という概念について考えさせられる。わたしは20代前半の時なんか特に、頑なに「知り合い」と「友人」を分けていたので、映画を観ているとその時の意地に近い感情を思い出す。好きってなんだろう。付き合いましょう、別れましょうてなんだろう。好きの証ってなんだろう。愛ってなんなんだ?愛がなんだっていうんだ!群像劇なのでいつも誰かしらに本気で腹が立ち、本気で感情移入して応援したくなり、誰かと議論したくなる映画。
なのだけど….いやいや車のるなよ…とか、こんな美容師いるかよ…とかツッコミたくなってしまった、のは自分の年齢のせいなのか恋愛自体が遠い存在になってしまったからなのか?
どんな役でも魅力的になりそうな杉咲花ちゃんにすら嫌悪感をいだく始末。もちろん文菜というキャラクターに。なんだか文菜でアヤナて名前すら「ぽいわね!」となるほど(どんだけだよ)。でも、これがたとえば同じ今泉力哉監督のドラマ『1122』の高畑充希だったらもっと嫌悪感だったかもしれない(これは原作がすきだったというのもあり、あまりハマらなかったけどこれまた議論したくなるドラマ)。じゃあ逆に、たとえば菊地凛子だったら大丈夫だったかも?いや、今をときめく河井優美ちゃんだったらもーっと全然、全然、大丈夫だったかも?となると文菜は誰しもが一度は出会ったことがあるタイプの、女に嫌われる女としてナイスキャスティングなのかもしれない。それに彼女のメモからやはり関係性の概念をぶつけられそうな気配がある。浮気相手とのシーンも、本当に見ていられないくらいリアルで、つまり第三者からみたらキモいとしか言いようがないような生々しさだったのだけど、既に文菜周辺の関係は破綻しているように見えるから、その上でそれぞれがどう感じ、どう伝え、どう動くのか、気になっている自分がいる。でもとにかく1話はキモかった。これは褒め言葉なのかなんなのか。議論したくなる作品は大好きなんだけど、誰が議論してくれる?と、とりあえず周りに勧めている。(イシュミナても触れられるかな?)
あと、文菜がはたらいている古着屋が中目黒のolgouでうれしくなった。文菜の服もぜんぶかわいい。夫と「文菜何歳なんだろう」っていう話になり、調べたら27歳設定だった。「こじらせてるなー」と言ってすぐ「こんなんだったよねえ」と自分たちをふりかえった。こんなんってのは文菜がメモに書いていたようなこと。なーるほど、わたしはもしかしたら27歳の古着がすきで日常的に本を読んでいてヒマだからコインランドリーに行って好きなバンドの音楽を聴き人間観察をしながら思いっきり自分と対峙している年齢に嫉妬しているだけなのかもしれない。証拠に、ひさしぶりに本棚から一冊手に取り、この一週間で半分まで読み進められた。あんなに読む暇がないと思っていたのに。

埼玉県さいたま市/36歳