居場所はあるよ
自作の表にしたがって、気持ちの良い朝をすごす。サイコさんの日記をよんでギクッとなったのだけど、わたしはとことん姿勢がわる...

浮記
ウキ
2026年3月12日
誕生日の前日はディズニーランドに行ってきた。子どもは初めてのディズニー。夫とはシーもカウントすると4回目。
前も書いたとおり、浦安生まれのわたしにとってディズニーランドはふるさとだ。自転車で10分もしない距離にあり、0歳から小学生になるまでの間は他の浦安市民と同じく公園代わりに通っていた。
生意気なことに「ディズニーランド以外の遊園地に行きたい」とよく言っていたらしい。そう、どんな場所でもモノでも人は慣れるとなんてことなくなる。だから足りないとか満たされないっていうハングリーな環境ってものすごく大事だと思う。それはさておき、そうは言うても結局ふるさとってのは離れてからありがたさに気づくわけで、10歳以降はもう一生行かなくてもいい場所、15歳以降は友人と行くのが楽しい場所ただし無料に限る。20歳以降も興味がない場所、そして25歳以降はノスタルジアを感じる場所となっている。夫と最後に行ったのは結婚記念日で、クリスマス当日にディズニーに行く人の気がしれなかったが、混んでいてなんにもできなくて良いからクリスマス(結婚記念日)に行ってみたい、と純粋に思ったからだった。夜ごはんを素敵な場所でたべてみたり、そのときも新しい楽しみ方をみいだせた。日頃から0.1.2歳の子どもと行ってなにがたのしいのかなーと思っていたけれど、当たり前に子どもを連れていきたいと思うようになった。人の楽しみ方に難癖付けること自体ナンセンスだというのは承知の上、それでも子どもは覚えてないわ着ぐるみ怖がるわでいいことなさそうなのになーと兄家族をみて思ってしまっていた。
だけど、そんなん関係ないんだよっっっっ。10年前のわたしに告ぐ。子どもの誕生日だけど、3人の思い出作りに行きたいんだよ。子どもが覚えているとか覚えていないとかマジで関係ないんだよ。一瞬の笑顔が見られたらそれだけでプライスレスなんだよ。結果怖かったとかでもそれもまた思い出なんだよ!!!と。
夫も同じ気持ちだったのは意外だったけれど、1歳、さすがに早い?(ていうかディズニー高くなりすぎ)、1歳半?2歳まで待つか、、、、ってことで満を辞して!!
結果、想像の100倍たのしかった。
同時に、こんな黒子になった日は初めてだったかもしれない。すべてが子どものため。それは大人も子どもになれる夢の国だからこそ余計に感じたのかもしれない。夢の国でこんなに大人だったのは初めてだった。プーさんのハニーハントに乗って、子どもの顔と周りの風景を交互に見すぎて酔ったのだけど、夫もまったく同じ現象が起きていて笑った。入園早々プーさんからミッキーに推し変して首からさげていたプーさんのぬいぐるみを取りたいと言い放った子ども。プーさんのトレーナー来ているにもかかわらず、プーさんエリアで「ミッキーにぎゅーしたいの!!」と叫ぶ。
ミッキーの家なんて久しくいっていなくて、どこにあったか分からなくて急いでマップをひらく。45分待ち、え、行ける?大丈夫?と聞くけれど「ぎゅーしたいの」の一点張り。推し変の理由は舞浜駅にあったサイネージだった。わたしがトイレから戻ると、ミッキーとミニーがハグしているその広告を見てなにやら夫と子どもが騒いでいる。「これを気に入って早く行きたいと言ってる」と夫。へえ~とその時は思ったけれど、それに感化されてミッキーに推し変。なんそれ!!!
結果45分(より早かったかな?)会いたい!ぎゅーしたい!の強い気持ちでグズらずたどり着けて、ドキドキしたとは思うけれど無事ぎゅーできて、写真撮れた。後から写真を見返してもぜんぜん笑顔ではないのだけど、ミッキーの家をでてからは明らかにゴキゲンで「ぎゅーした」と何度も言っていた。それだけで夫と「今日はもう満足だね」という話になった。
子どもの「すき」だから「ぎゅーしたい」という強い感情を叶えてあげられたのがうれしかった。一方で久しぶりに間近でみたミッキーの顔は「こんなつくりもんみたいな顔だったっけ」とひどく冷静だった。夢から醒めまくっているのに、こんなに夢があふれているという不思議な感覚。子どもが昼寝しているあいだ、夫婦でハンバーガーをむさぼり食べながらその感覚について共有した。きっと友達だけで行けばまた童心に戻れる気がするけれど、たとえ夫婦で2人で行けたとしてももう以前のような楽しみ方はできないと思った。子どもが中高生になったら変わるのかな。何も悲しむことではないけれど、ただそういう心情になったという事実にふたり暫く驚いたままだった。自分の「すき」に人一倍忠実なわたし達だから余計そうなのか、わからない。わたし達は親になったのかもしれない。何をいまさら。だけど本当にびっくりして、そして疲れ果てて、ふたりでキューピーコーワゴールドαプレミアムを口にした。子どもが昼寝から起きたのはもう帰宅予定の夕方だったけれど、ファストパスの時間まであと少しだったので欲張りになった私たちはそれから先述のハニーハントに乗ったのだった。本当に帰り際、惜しくも外れたジャンボリーミッキーの公演時間とかさなって、夫の肩車で場外が見せることができた。子どもの真剣な顔、そして終わってからの笑顔。帰りの電車は1時間かかるが、前半は満員電車の中で思い出に浸るように独り言をつぶやきながらお菓子を食べていた。後半は夫とふざけていて、こんな楽ならどんな遠い場所でも電車移動できるぞ!と勘違いしてしまうほど平和だった。
子どもにとって、きっと情報過多だったと思う。そしてこの日のことをきっと忘れてしまうと思う。それでもわたし達は決して忘れないと思った。
ディズニーランドはわたしにとってもうノスタルジアを感じる場所ではなくなってしまったかもしれない。
ゴーカートもロープウェイもない、大好きなスタージェットもない。なんなら割と新しい気がしていたバズ・ライトイヤーのアストロブラスターすらない。“ディズニーランドのにおいがする”というときのあの甘いかおりもカレー味のポップコーンのスパイスの印象に負けている。ソフトクリームはとんでもなく小さくなって、ターキーレッグに並ぶ女子高生たちを30人抜き♪(©ほしばさん)してモバイルオーダーで買って別行動しなくて済むから便利だった。
変わらないことも変わっていくことも悪くない。そう、なにかと悪くない。
帰宅して寝かしつけを終えると「1年に1回は行こうか」と夫が言った。こうやってまた何かが変わっていくのかも。

埼玉県さいたま市/36歳