My fleeting house
こちらも遅ればせながらですが、島縞さんの娘ちゃん、お誕生日おめでとうございます!島縞さんも母10歳、おめでとうございます...

浮記
ウキ
2026年7月13日
【悲報】夫、手足口病発症。
朝はウワーッきたか、となったけれど、なんだか軽症で済みそう。子どもも夫も手足口病にしては高熱続いたから発疹は軽症で済んだのかな、まーよくわからないけれどそんな誕生日のはじまり。
先週、夫がレコードを買ってきた夜、ニコニコしながら「良いニュースがある」というのでなにかと思ったら「アルバート・アイラーと同じ誕生日だよ」と。買ってきたのはAlbert Aylerのレコードだった。だれそれ?ジャズに詳しくないので音源を聴かせてもらう。いいじゃん!私の誕生日はすでに知っているひとで(中森)明菜ちゃん、能年(玲奈)ちゃん、道重さゆみとイケてるひとたちばかりだったので、さらに嬉しくなるミーハー。関田さんのカレンダーにはLeon Bridgesとあった。1989年生まれなのも同じなの(道重も)なんかうれしい、かに座は愛情深いのだよ。
ある時から、年齢というものが本当に意味のない数字に思えてきて、それによって本当に正しい年齢が解らなくなってしまった。特に夫と出会ってからは夫が1歳年上なのもあって、誕生日が来たら〇歳っていう見込みの数字ともごっちゃになって+1.2歳に感じてしまう。自分の感覚としてはずーっと27歳の気分なのだ。なぜ27歳なのかというと、『すいか』の教授のことば“人間には、年齢なんてないのよ。人間には、エディプス期を通過したものと、そうでないものの2種類がいるだけなのよ。”にもあるように、エディプス期を通過するための一歩を踏み出せたのが27歳だからなのかもしれない。単なる記号の年齢はまったく意味をなさないけれど、それでも“老い”をどう受け止めていくかは最重要課題と感じることが多い1年だった。0か100の性格なのに、もう100がだせないこと。0か100だったら0か100かの自分を愛せなくても100の瞬間は自分を愛せたのに0か60の自分は常に憎くて仕方がない。だからほどほど7,80、いや6,70を目指さなきゃなのに、どーもうまくいかない。白髪まじりでも染みシワが増えても受け入れられるのに体力気力の低下は受け止められない。美味しいものを好きなだけ食べたら胃もたれして、楽しいことを楽しいだけしたら寝込む。至極当たり前なことに狼狽えて悲観している。
イシュミナで“等身大”の話がでたとき“ありのまま”とか“ほんとうのこと”っていう話がでたけれど、個人的には文字通り“からだに等しい状態”だと思った。身体が受け入れられる状態。わたしはいま、やりたいこをに対して身体がイケそうか?ということを考えなくてはならない。昨日もいただきもののカップジェラートを立て続けに2個たべはじめたとき、夫に「それは2個食べるサイズではない」と注意された。にも関わず食べ続けていたら案の定(?)トイレとお友達に。レベルが低すぎる話だけれど、ずーっとそうやって生きてきた自分にとってほどほどにがこんなにも難しいこととは。
目の前にあるものすべてに感謝して、歓びをかみしめていたらそんな風にはならないかもしれない。単に享楽的すぎるのかもしれない。不健康でいいから自分の脳みそがはっぴーになることを選択してきた(食べ物に限らず仕事で得られる高揚感ふくめて)。いまでも心のどこかで持続可能なスタイルなんてダサいと思っている。だけどわたしはこれからは太く短くではなく、なるべく長く生きなければならない。細くする必要はないからこそ、ほどほどにフツーに長く生きるのだ。ちゃんと呼吸して、身体のポンプ機能をしっかり起動させて、メリハリをつけて。とにかくON/OFFの切り替えを意識していくぞっていう決意表明。
今日は夫も休みをとって保育園も休んで家族3人おでかけの予定だったけれど、ウキッコはじじばば家へ、夫は療養、わたしは仕事。そんななか、ケーキやお花をプレゼントしてもらって誕生日を祝ってもらえた。(お花と同じ絵はbyウキッコ)みんなありがとう!!去年は池袋の水族館に行ったっけ。はやく家族3人でおでかけしたいなあ。

埼玉県さいたま市/37歳