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バルセロナ空港にて、ロンドン行きの飛行機を待つ。世界陸上、え?東京?日本橋?となる。母親に空港の写真を送ったら、「気をつ...

わたしのレシーヘン
ワタシノレシーヘン
2026年1月17日

キムチワーシップ後、鎌倉の素敵なお店で3人で飲んでいるとき、わたしの日記についての話になり、エフェメラ・ホシバさんから「(わたしの日記は)吐露している感じではないよねー」という考察をもらった。うん、そうなの。わかる。私の感情の部分を書きたいけど、書けない問題。
「キムチを作りました!できました!」というのはできる。「感情を書く」というのは、その前にはキムチのりを作ってね、そのキムチのりには濃いめの出汁を使うんだけど、濃いめの出汁にはどのくらいの煮干しと昆布を使おうかしら?と試してみたり、計算してみたり…の自分のことバージョンで、思考の段階を書くってことか。
いや違うか。そのときにどう感じたかをそのまま書くってことだよねぇ、多分。
「感情を書かなくても、自分が心地よければいいんだ」という言葉ももらったけど、私は書きたいと思っているんだよね。いや、書きたいというよりは、「読みたいことを書けばいい」を実践したいから。誰かの感情を読みたい。
「まあでも、あと30年近くあるからね、そのうちできるかもね」と言ってもらった、そのスタンスでいきます。