l’amicizia – friendship
L’amicizia あみちっつぃあ わたしはこの音の響きがとても好き。イタリア語で、友情とか友好などと訳が...

Sophy's philosophy
ソフィーズフィロソフィ
2026年5月7日
ソフィをお迎えに行ったら開口1番に「また先生に叱られた」としょげた顔で教えてくれた。それまで楽しく遊んでるのを見ているので、マンマに言っとかなきゃ、と思い出したのだろう。
状況を詳しく聞いてみると、算数の時間に何をするのかわからなくて隣の子にメモを渡して聞いたそうだ。それを先生が見つけて叱られたと。うん…そんな怒ることでもないような。わたしも高校のときによくやってたけど。小学生はしなかったかな。
なんで手を挙げて聞かなかったの?と聞いたら、出来なかったと。最近ずっと叱られが続いているから先生に対峙するのが怖くなってるのかな。それはあんまり芳しくない。
メモを渡してはいけないというルールがあるそうで、知っていながらやってしまったと。たぶん、いつものとおりに話を聞いていなくてやることを理解できず、コソッと巻き返そうとしたのを現行犯で捕まった感じだろうか。
先生たちはもうソフィの態度に目をつけてしまっている状況だから、負のスパイラルに入ってる感じもある。さてどう巻き返そうか。家族会議だな。
マンマは怒らないから話せるけど、パパは怖いから言いたくない、と言うので、それならまずノンニに話して練習してみよっか。と提案してみた。最初はそれも嫌がっていたけど、ノンナのとこに行ってすぐに話をしていた。それを見てわたしは少し安心したのだった。
「怖いことは、自分だけに溜めておかずに誰かに話したほうが楽になるよ」とわたしはソフィに伝えた。言ってみて、そうかこれはわたし自身にも言えることだな、と思った。
ノンナは次からはもうしないでおこうね。と話してくれていた。夫にも、メッセージをしておいた。学校でみんなの前で泣いたらしいから、家では怒らないでね、と。涙が出るってことは、何らかの感情が揺らめいた証拠だから。
むしろわたしたちではなく、学校で先生が代わりに叱ってくれるのは有り難いことだとも思う。ひとりっ子だから甘やかしてるところは大いにあるし、わたしはどっちかと言えば放任しておきたいタイプ。さらに彼女の持ち前の特性もあり、やはり野に放ったライオン化しているのかもしれない。
さて、どうしたものか。ここに日記で書けて良かった。ほかに吐き出す術もないから、わたしが溜め込むとこだった。10年後に彼女が18歳になり成人したときに、これを見返そう。今のままってことは、ないだろうから。酸っぱい思い出も笑い話になるはずだから。
この顛末になる前にプールに行った帰りにカフェでひと息ついた。アイスケーキが冷たくて気持ちが良かった。昨日の嵐の後、台風一過みたいに夏空のように晴れた午後。

クーラ、秋田へようこそ♡すごい距離を移動してきて疲れもあるのかな。ゆみこさんに見てもらいたかったお友達の気持ちがよくわかります。大切な家族だもんね。信頼できる人に一緒にいて欲しい。早くずっと腹見せしながらリラックスできますように。かわいい〜

イタリア・ベルガモ/46歳