『板パキッ!』です
娘の睡眠力に、毎晩感服する。 眠れない〜、猫が一緒に寝てくれない〜、と騒いでいる最中、次観た瞬間には夢の中にいる。 自分...

島縞
シマシマ
2026年5月21日
おお浮記さん、お互いに頭痛に優しく過ごしましょう!
サイコさん、元気に復活しました。またよろしくお願いします。
そして、みなさまの日記を遡る。
色々と気になるものはあるが、同時期に叔父を亡くされたふかやまさんの日記の本音に、こちらも吐露したくなった。
夫を亡くして7年が経つ。亡くしたときの悲しみも寂しさも、あるようでないようで、どこかしまっている感覚。
今回は、夫の叔父を亡くしたため、夫の親族の中にいたわけだが、夫が亡くなって3〜4年の頃はまだ感じなかった距離感のようなものを、ここ数年は感じることがある。繊細過ぎる私の勘違いもあるかもしれない。それでも、こういうときにどうしても夫の不在を感じないわけにはいかなくて、叔父の喪失もあるけれど、夫の喪失を強く感じてしまった。
叔父との別れだけにとらわれることのできなかった私も、ふかやまさんよろしく、サイコさんの言葉に倣ってただただタスクをこなした。
それでも、体を動かせばちがうもので。人に会いに行けば、自分のことなんて考える余白もなくなるもので。
火曜の点滴のあとには、最近秘書的役割を担っている方のところへ行き、お話を聞いて開眼する。
より大きな問題に立ち向かっていれば、自分の些末な悩みなぞどこへやら、だ。
そうして今日も、とある取材同行をしたり、今度発行される雑誌の決起集会に参加してきた。
参加者の方々の多彩さに圧倒されつつも、いつもの自己否定・自分卑下は鳴りを潜め、ひたすら刺激を受けてきた。
単純に、みんなすごい!私もできることでなんかやりたくなってきたぞ!と感化される始末。
娘と引きこもった2年間も大切なことを教えてもらったが、外に出て自分のやりたいに向かっている今も、これまでにないものすごいものを教えてもらっている。ものすごい勢いで。
人に会うって、すごい。
住んでいる町だけれども、いつもは歩かない道で見つけたバラに気づき、パシャリ。

もっと自分の目で、耳で、たくさんのものを感じて、それを素直に認められる人でありたい。