こどものとも、おとなのとも
昨日は子どもと寝落ちして、今朝4時、寒くて目が覚めた。あまりにも薄着だったから。 4時か~微妙すぎる。せっかく早く寝たの...

浮記
ウキ
2026年7月17日
今日は金曜日だからいつもよりかは気を抜いて過ごしたけれど、それでも21時ちょいすぎに寝かしつけ出来た。
お迎え後、即お風呂にしてまだ数日だけれど最大のタスクお風呂が終わっていると親も少し心のゆとりができるし、風呂あがりは一人遊びしてくれるからパパっと夕飯作りやすいし(風呂上りなのに?だから?滝汗だけど)時間入れ替えただけだから夕飯後は2時間たっぷり遊べるのは変わらない。今日も自分なりに頑張ったのはふたつ。
ひとつめはお風呂にはいるさいに絶対自分で服をぬぎたがらないときのこと。いつもだったらただでさえお風呂にいれるまで大変だから脱がせちゃうけれど、帰宅直後なので時間はたっぷりある。「ママやって!」と半ば癇癪気味だけれど、どうにか頑張れ!のスタンス。昨日は背中を向けて1~10カウントして「もういいかい」って聞いて振り返るとちょっと脱ぎ掛けている、みたいな、だるまさんが転んだスタイルでやってみたらクスクス笑いながら3回目の「もういいかい」で無事脱ぎ切った。今日同じやり方をしたら「それ知ってる」と言わんばかりの拒否っぷりだったので、どうしようかな~と。
園から読ませたら気に入っていたからと借りてきた絵本『パンツのはきかた』を思い出して「豚さんも脱げるよ?」と言ってみたらちょっといい反応。すかさず絵本を持ってきて見せようとしたら、そうだこれは“履き方”。脱ぎ方は書いていないのでアドリブといったら大げさだけどページを戻って読ませてみる。するとどうでしょう。その絵を見ながらすんなり脱げた。
昨日だって1~10のカウントをしているとき、わたしはもう裸ん坊だった。素っ裸で子どものテンションをあげるべく陽気に数をかぞえる。なにやってんだろうと思いつつ。でもこのテンションこそ大事で、生理がおわってちょっとメンタル回復してきたのが功を奏している感じ。
ふたつめは寝かしつけ。昨日は一昨日以上に「寝る時間になったらなにがなんでも寝る!」を徹底してみた。それでうまくいったのでやっぱりその絶対!が大事なんだなぁ~と思っていたら。お迎えのとき、先生から「おまじないみたいな工夫をしてみている」と。なぜか園で人気の秋田の伝承歌みたいなのがウキッコもお気に入りのようで、お気に入りの先生に足をもまれたり手をにぎってもらったり、その伝承歌をうたってもらいながらお腹をさすってもらえるとうとうとしてくるのだとか。
そりゃあ昔はそういう風に寝かしつけていたけれど、さいきんは少しでも話したりすれば刺激につながってしまうので、ある時間をすぎたら無視というか「もうわたしは何もできません」「目をつむるべし!そしたら眠くなってくるもんです!」みたいな諦めを促していたけれど、先生は満足を与えようとしていたのだ。
これもわたしの0か100かの思考が邪魔しているのかなー聞いた途端なんだか子どもがかわいそうになってしまって、でもまあ家と園では環境がちがうし、わたしが足や手を触ると「寝かしつけられている!」みたな感じて拒否られるし、仕方ないか~と思いつつ、今日は自分流の“満足”を意識してみた。するとけっこう短時間で「もう寝る準備」と言い出してわたしの手をはらってきたけれど、それは「もうお腹いっぱいだから自分で寝就けるよ」みたいな感じに受け取れた。そこからモゾモゾ少し時間はかかったけれど、すーっという寝息が聞こえてきて、たぶん今までは子どもにわたしの焦りが伝わっていたのだなあと反省した。
動じないどーんとかまえた母ちゃんになりたいけれど、なかなか難しい。成長するにつれて実際「NO!」よりも「無視する」みたいなのが効果的な場面も増えてきた(くだらない悪ふざけとか)。でもやっぱりアメとムチじゃないけれど、それこそON/OFFでやっていかなければ、親が勝手に満足しているだけの関係になってしまう。愛情はいくら伝えたって多すぎることなんてないのだから、子どもの気持ちを満たすのはもちろん、愛情ややさしさとは何かをはきちがえないようにしたい。大事なのは、ウキッコが大きくなって「困ったときに自分からヘルプを言えるか」とか「失敗してもチャレンジできるか」とかそういうことである。前者でいうと、レシーヘンさん家の「雨の日、セブンイレブンの店員さんに電話を借りることができた」話が記憶にあたらしい。人生をサバイブしていくためには、2歳からでもこういうコツコツが大事なのだと思う。親としては先回りですべてやってしまう方が“いま”は楽だし安心なのだけど。
でもまあ、ほぼ園のおかげなんだろうけれど、子どもが何か落としたりこぼしてしまったとき「どうするんだっけ?」と聞いてみたらちゃんと自分で拾ったり拭いたりできたので驚いた。もっとイヤイヤするかと思いきや。今日も園で「ぐじゅぐじゅぺー」ができたと教えてくれた。お家には専用のコップがないから、とりあえず今使っている水族館で買ったコップを使うことにして、普段お茶を飲むコップ用として新たにアンパンマンのコップを買おうか、という話までに発展した。まったく知らない情報をちゃんと子どもの口から説明してもらえて、これからどうするかの話ができるまでに成長した。
振り返るとあんなに恐れていた「イヤイヤ期」はGWを境に終わったのだと思う。2歳にはいり、これから本格化するのだろうとビクビクしていたけれど1歳中盤からもうガッツリはじまっていて2歳のはじめがもう終盤だったのだ。つまり発語の過渡期に現れるもので、「いやだ」という反応はもちろんつづいてはいるけれど言語化できない故におかしくなって理不尽に怒り続ける、みたいな「イヤイヤ期」はもう終わったのだ。終われば新たな悩みがうまれ、かつての悩みはなんと可愛らしいものに思えてくる不思議。これを繰り返しまくっていたらいつの間にか大人になってた、という感じなのだろうから、そら子どもが30過ぎようがいつまでもカワイイ赤ちゃんってなる気持ちもわからんでもない。
あらためて自分のコンディションがすべて、と思えてくるから、ちゃんと健康でいなきゃならない。
夏のはじまりに、自転車に乗りながら見かけたひまわりを指して、軽々しく「ママこのお花だいすきなの」と言ったら、ひまわりを見つけるたびに「ママがだいすきなお花あった!」というようになった。1週間くらい堪能して、「そうだけれど、“ひまわり”っていうんだよ」と伝えてもなお「ママがだいすきなお花」と言ってくれていたけれど、今日やっと「ママのだいすきなマーマリ」と言った。ああ、カワイイ言い間違い。色んな言い間違いを、もうほとんど忘れてしまった。から、ちゃんと書き留めておかないと。あと、今日はゲリラ豪雨のようだったけれど定期処方の病院の帰り、なんども怪しい場面にぶちあたり「あめさん待って~もうすぐお家につくから~」と言いながら帰った。自転車を降りて家の建物の入り口に着いた途端、バケツをひっくり返したような雨。思わずウキッコと顔を見合わせた、という絵本のような出来事だった。

埼玉県さいたま市/37歳