アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶともなしに記録しようと思う。言葉は儚いものであるからこそ、今このときを確実に残してくれるから。

「来た道戻るとかなら許さんで」
ほしばあさみ

どうも。

ーお久しぶりです。やっぱり。

やっぱり?

ー飽きちゃった?

飽きたのかな(笑)

ー2000文字超書いてるのが下書きにあるのに。

なんか妙にまとまらず。そのままにしちゃった。

ーそれで今日は?

ほしばさん、誕生日おめでとうということで。

ーおめでたい。

昨日ね、4月16日。4月×4月で16日なんだ、って言われてから、もうずいぶん経ちました。

ー覚えやすいような、よく考えたら意味不明なような。とはいえ、昨日のことは日記になってますね。「私の人生でいちばん素晴らしい日です。」

お母さんがこういうこと言って、それで「尊敬しちゃう」って。ほんと、親子なんだね(笑)。

ー笑うことじゃないでしょ。

いや、嘲笑してるわけじゃないよ。ただ、「考え方はまったくもって合わな」くとも、親子って似る部分があるんだなと思うわけ。それで、その親子と僕はまた違うわけで。

ーそりゃそうだ。

あ、これはその後の「言い合い」の件ね。

ーというと?

要は考え方の違いよ。何万、何億とある違いのうちのひとつ。

ーそのうち言い合いになる違いがどれほどあるのやら。

どうだろうね、3つくらい?

ーそういう話をしているわけじゃないの。いいや、それで言い合いの後は?

神田で味仙。最初は味坊を提案してたんだけど、なんか昼より夜に行きたいなあって感じで、代わりに挙げた味仙がヒット。

ー名古屋発祥の台湾料理店。

意味不明だよね。さすが名古屋。そこから合羽橋を目指すんだけど、やたら腹いっぱいになったからちょっと歩こうというわけで、末広町の駅を目指すんだけど。

ー神田からひと駅歩くと。

途中で、あ、この辺に喫煙所あったなと思って秋葉原駅前に寄ったのね。それがルート的にはちょっと遠回りなのよ。で、アーが「これ、来た道戻るとかなら許さんで」とか言われて、やばいなあと思って。

ーピンチ。

でさ、秋葉原の駅前に着いたら、TXの乗り口があるのよ。これが合羽橋に近い側の浅草に停まるじゃん! って。

ーそれで難を逃れたと。

そこまで大袈裟じゃないけどさ(笑)。喫煙所から出て「末広町駅まで行くんよな」と言われたときに、「いや、このTXで」って。

ー話が細か過ぎる。

下手は打てないですから。それで合羽橋行って。小さめのブレッドナイフとか、細身の木べらとか、細々したことなんだけど、調理器具まわりはだいぶ更新された感ある。

ー楽しそうで。

んで、神保町の古本市へ。

ー木曜日に?

この春の神保町は本気なんですよ。例年秋が本気なんだけど、昨秋は雨に当たって、30年ぶりくらいかな? ろくにイベントができてなくて。それで今年は春に全イベントを持ってきてるの。それで、スタートも木曜日に。

ーぜんぶ春に持ってくるとは、なかなかリスキーな。

まあそのくらい大々的にやってくれないとね。とはいえ、主に3つあるエリアのうち、がっりつ見られたのはひとつで。まあ1冊買えてよかったかな。あとフルパワーが詰まったフリーペーパー各紙も。

ーさすが本気の神保町。

そう、で、そのあと東京堂寄って、近くのサンマルク入って。このサンマルクでアーのテンション爆上がりよ。

ーサンマルクで?

アーの好きな、第二の「西」に遭遇するわけ。

ーキングコング西野に次ぐ、「西」。

そうそう。なぜか日記に書いてないけど。それで、軽くワイン飲みに行って、味坊行くか、と言ったら、系列の羊肉推しの店がいいというのでタクシーで御徒町へ。地味にここでタクシー使うのが東京っぽいなと思ったんだけど、その辺も日記では触れられず(笑)

ーTXレベルで細か過ぎるでしょ。

それでラムをガッとかき込んで。うまかったなあ。で、時間もまだあるしと思って、上野に来たらなんとなく行ってる喫茶店寄って。

ーその喫茶店の道すがらにプリでしょ。

そうそう。なんかね、アーはプリ好きなんだよ。昼に秋葉原歩いてるときも「プリあるんちゃうか?」って。

ー撮りたいんでしょ。

それはそうやろ。まあこちらとしてはそんな欲はないし、タイミング合ったらって感じで。その場もつべこべ言わず撮りましたよ。

ーぜんぶ同じ顔だけど?

どんな顔してたらいいわけ?

ー楽しそうにしてればいいじゃん。

あれがフルパワーですよ。

ー神保町ばりの?

いやまあ、そこまでではないかもだけど。

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エフェメラ/「一日だけの、短命な」を意味するギリシャ語「ephemera」。転じて、チラシやポスターなど一時的な情報伝達のために作成される紙ものなどを指す。短命だからこそ、時代を映すとされ、収集の対象になっている。