
makersという起業塾(人に説明するときこの例えがわかりやすいからそう言ってる。)に入って半年が経った。
なんかもうずっと嫌で苦しくて、この不快感をちゃんと表現しまくってるからそれもなんかみっともないし、いい環境であることは間違いないので、全てを嫌だと思ってしまう自分が恵まれた環境にいることも、全ての事象に対して無気力なことも申し訳なくて、結論逃げたい。
今までもいろんなプログラムや団体に参加するたびに一目散に逃げてきた。
カフェを自営業ではじめて、色々あったけど最高にいい経験だったから、自分は起業するんだ〜!あと、起業とかなんかワクワクするし、チャレンジャーっぽいし!楽しいはず〜!と思っていたけど、私が求めてる楽しいはこういうテーマパーク的な激しい楽しさではなく、もっとのんびりな心の楽しさだということ。
起業をして、何か目標に向かって動いて動きまくるのが楽しくてそれこそ人生だ!と思っていたけど、なんにもせず、ただ起きて食べて寝て、やることを決めるのではなく、ふわふわと1日をのんびり過ごすのが向いていて、それを求めていたこととやっと気づいた。
起業じゃなくて、生活がしたかったんだ。
全てに意味や目的を持って行動するんじゃなくて、直感のままに綿毛のように動く、頭をなるべく使わず、体を使う生活。
成長よりお金より、何より、豊かさを求める。何者にもなれない不安がずっとあるけど何者にならないほうが囚われていなくてずっとずっと豊か。
東京芸大で単位履修していた時、フィールドワークで街歩きがあって、これはマジでなんのために歩いてるんだろう・・と全てのことに文句言いたくなる私はぐちぐち言いながら日差しの下を歩いていたけど、中国から交換留学できてた友達がとある家の軒先のたくさんのガーデニングたちを見て、「生活を愛している」と表現していた。
その光景は綺麗で美しいものでは全くなかったけど、確かに、本当に好きで、自分のためだけにやってるんだろうなというのが伝わりすぎる仕上がりだった。
この言葉をずっとずっと覚えている。
生活を愛して暮らしたい。ついつい生活が後回しになっちゃうけど、人なんだから、生活優先で生きていいし、そっちの方がむしろひととしての使命。
やらなきゃいけないことがあるのに、楽しい飲み会に行っちゃったとか、テレビたくさん見ちゃったとか、また昼寝しちゃったとかつどつど憂鬱になっちゃってたけど、そんなの人なので当たり前である。生活優先。




