今日はほんとは別の予定があったのだけれど夫にまかせて急遽祖母のお見舞い。例の施設にはいっている父方の祖母、御年94歳。

天ぷらだいすき、とんかつ大好き、デパートがすき、お化粧品もお召し物もおこだわり。施設にはいっているひとたちは全員「ご高齢」で話が通じないからといっさいワークは参加せず。イベントは華やかで自分がもてはやされるものだけ出席。ゴハンやスタッフさんをひたすら悪くいい、豊かな生活がしたくて親族には差し入れやおこづかいをせがむ。電話の鬼なので、つながらないと孫にもいきわたる。ひ孫のエピソードはどうでもよく被害者である自分のはなし。悪口。

それでもおばあちゃんが好きだ。人間として面白い。でも一緒には住みたくない。そうやって祖父が亡くなってから親族間をじゃっかんたらいまわしにされて今施設にいる。正直元気ではあるので祖母の迷惑行為に近しい行動により何かあると退所をすすめられるらしい。

親族の中でも2番めに近い場所に住んでいるわたしは、当時ウキッコもいなくて脱サラしたてだったので、最初は責任感から小まめに連絡をとったり差し入れを送ったり面会していた。コロナの制限がおおくて面会は本当に数回だったけれど。

だけどウキッコが産まれてから、どうにか会いにいこうと思っても、両親から「今あったところで自分の話しかしないからまた今度で大丈夫」と言われていた。

いやあ言うて曾孫よ?うれしくないのかな?と思いつつ、たまにかかってくる電話は時間問わず鬼電で、やっと寝かしつけられたあとに折り返す気持ちになれなかった。

それでも子育てがちょっと落ち着いて、5月の誕生日に会いに行こうとしていた。コロナ制限もだいぶ緩和して、近くにあるだいすきなロイヤルホスト(福岡発祥なのでファミレスだけどだいすき)で一緒にごはんを食べようという話になっていた。だけどバタバタしていて、来月でいいやと先送りにしてしまった。

その間に、それはもうスピードで老衰がはじまったらしい。

こだわりで別で発注している牛乳やデザート、差し入れのお菓子ぜんぶ冷蔵庫で賞味期限を終えていて、なにも話しても「気力がない」と言い始めたらしい。

愚痴言う元気もなく、ほぼ寝たきり。それを聞いて、本当に情けないけれど急いで会いに行ったのだった。

今日、2年以上ぶりにあって、わたしのことが誰だかわからなくなっていた。

それは思った以上にショックだった。「わからない」と言われた方がまだよかった。気を遣っている感じがしたので辛かった。でも「わたしには孫が6人いるの」と言ったので、それは会いに行けてなかった、疎遠にしていた自分のせいだと思った。

父があまりにも威圧的に話すので、まあ気持ちもわからんでもないと思いつつ、ひたすら寄り添って話してみた。話題によっては早口になったり、表情が明るくなったりした。また明日がちがうのかもしれないけれど、まだこちら側の態度のよって変わるくらいだと少し安堵した。

わたしが着ていた服の素材から、やっぱり洋服のはなしをすると気分があかるくなっていたけれど、ウキッコの写真をみせたときに想像以上に声色があかるくなった。何度もカワイイカワイイと言って父に「かわいくて仕方がないでしょう」と言った。

両親は祖母の性格から、愚痴を聞いてくれるひとが一番なので、わたしがわざわざウキッコを連れてきてもイヤな思いをするだろう、と面会をすすめたりしなかった。もとも親戚が多いので、親戚づきあいはまったく強制されず、お墓参りもいとこの結婚式すら「めんどくさかったら行かなくていいよ」というスタンスだ。「行きたい」って思う人だけ行けばいい。建前よりも気持ちを大事にするのはウチらしいと思いつつ、その言葉に甘えて祖母に会いに行けてなかったことを後悔した。

でもいま会いたい気持ちも「後悔したくないから」が勝っているのかもしれなくて、自分勝手だなあと思う。それでも家族なんてそんなものなのだ。大好きで離れたくて離れられなくて憎くてしかたなくて、解りあいたくて、一番解りあえなくて、だけど、いなくなっちゃうのは違うよっていう。

とにかくウキッコを連れて行こう。自分が後悔しないために、がモチベーションでもいいじゃない。

写真は父とランチで食べたたいめいけん。ウキッコといるとせわしなくて味がしないことも多いけれど、ひとりはひとりで味をわかちあえない。できたら、この卵の半熟加減がいいとか、海老のシッポもいけちゃうね、とか、そういう話をしたい。

食べ物の話は永遠できる。祖母も父もわたしも。食べる元気がないって一番つらい。だけど、差し入れでもっていたぶどうジュースを静かにちゅーっと飲んで「おいしい」とほほ笑んだ姿をたぶん忘れないとおもう。静かになった祖母を見て、かわいいな、とはじめて思った。ずっとこんなに健気だったらきっとこんなところにいなくて済んだだろうに。もっと色んな人から愛してもらえただろうに。老化といえど「自分」がいつまでも強いひとだ。その血を父もわたしも引き継いでいる。

コンビニでぶどうジュースを買おうとしたとき、父は「そんなもの飲まない」といった。だけど、夏の悪阻でぶどうジュースだけは飲めたことを思い出して買ったのだ。また「おいしい」って言ってほしいな、これは、素直な感情だと思う。