アルキメデスは浴槽から溢れる水を見て「ユリイカ!」と叫んだ。私たちは日々見聞きする言葉に触れては「エフェメラ!」と叫ぶともなしに記録しようと思う。言葉は儚いものであるからこそ、今このときを確実に残してくれるから。

 


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「演劇とかやっていると、芝居心とか演技論とか、役作り、役に入り込む、など、いろいろ面倒なことを言う人もいるけれど、のりつぐの場合、『まったく芝居心のない人の芝居とは、こんなにも嫌味がなくて素敵なんだ』と思わせてくれるものでした。」
戌井昭人
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休憩時間にX(旧Twitter)をみていたら、戌井さんのポストが流れてきた。そこには鉄割アルバトロスケットの「おとうと」こと、中島のりつぐさんへの手紙のようなnoteがはりつけてあった。いまから何年前かも思い出せないくらいずっと前に、下北のスズナリに鉄割の公演を何度かみにいったことがある。前に付き合ってったひとが中島(兄)と友達だったからで、当時のわたしにとっては下北で演劇をみるってこと自体がすごく東京っぽいことに感じてたっけな。そこでみた鉄割の演劇は、わたしの思ってたのとはかけはなれてて、演劇というよりは、パフォーマンスに近い感じだった。3~4分の演目が矢継ぎ早に繰り出されていく。そのどれもが、だいぶ変だった。(変っていうのはわたしなりの最上級のほめ言葉)とくにネギで殴り合う演目があって、それが強烈だった。舞台上にでてきた大量のネギをもって出演者が殴りあい、劇場にネギのかすや汁が飛びまくってて、若かったわたしは、「す、すご~」とある種の高揚感をもってそれをみていたのを思い出す。戌井さんが売れっ子になってからも中島(おとうと)と遊んだりしてたのを知って、なんだか嬉しくなった。のりつぐさん、安らかに。

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エフェメラ/「一日だけの、短命な」を意味するギリシャ語「ephemera」。転じて、チラシやポスターなど一時的な情報伝達のために作成される紙ものなどを指す。短命だからこそ、時代を映すとされ、収集の対象になっている。