気がつけば2週間が経っていた。
毎日何かしらをこなして、日々を過ごしているのだけれど、過ぎてみればあっという間な感覚はなんなんだろう。
忘れるってこういうことなのかもしれない。

夏祭りの花火が、部屋の窓から見えて興奮してたら、再びの柴バアわんこは、その音が怖くておもらしした夜。

父方と母方だけでなく、同じ墓地の親戚周りをして、線香の匂いを全身にまとうお盆。
花火代をもらってウハウハの子どもたち。花火代としてもらうけれど、使い道は自由だ。
そんな子どもたちに、母として叔母として花火を買ってあげる。そして私も一緒に楽しむ。手持ちだけでなく、吹上もいくつかね。

たまたま、前日には流星群が近づいていたらしくて、そんなおこぼれも見られた。
3回、願い事言えたんじゃない?ってくらい、なが〜いのを。ひとりで。
母が「お盆で帰ってきたよってみせてくれたんじゃない?」と、ヒューヒューってな感じで茶化す。そんなロマンチストではないけれど、優しい人だったからあり得ると納得した。

今年の海じまいの昨日は、私も前回以上に満喫。
最初は浮き輪でプカプカして、船酔いみたいになって、海水の溜まり場に浸かってくつろいでいた(岩場が照らされて、本当に温泉のよう)。
そこからは、全力で楽しむ。仰向けになって浮かんでみたり、甥っ子の水中メガネを借りて、海の中で前転をしてみせる。ここ数年一のドヤ顔だったに違いない。
今年泳げるようになり浮き輪を卒業した娘に、平泳ぎを見せてあげる。子どもは出来るようになると次から次だ。
あっちとこっちから泳いで、手をつなぎ合うというのをやったり。娘はロマンチストに育っている。近くに鳥も2羽仲良くやって来た。

書いてみれば毎日色々ある。色々あって毎日書くのも楽しかろうけれど、なんとも余裕のない2週間だった。大して変わらない日々のはずなのに。

自分の部屋と娘の部屋のカーテンを開ける。
毎朝猫のトイレで、猫砂を採掘するように2種類の塊を丁寧に取り出す。ゴミを捨てるタイミングで猫の水を新しくしてやる。
陰膳を準備して、トーストを頬張りながらの朝ドラ。
パソコンの前に夕方まで陣取り、娘から「目が濁ってる!いつ休むの?」と核心を突かれる。
隣の晩ごはんよろしく、どんなご飯を食べているのか見せてほしいと雇い主に頼まれ、2週間前は写真も撮らずつい食べてしまいやる気がないと咎められたが、1週間前からは毎日写真に収めることができた。1週間分見せたので、もうおしまい。

久しぶりの日記は、私は元気です!と夜遅くに伝えたくて、1行から再開しようと思っていたのに、書き始めたら止まらなくなってしまった。

毎日開く余裕を取り戻そう。