【島育ちでよかったことを島を離れれば離れるほど実感する】

わたしたちは置かれた環境がどれだけ尊くて美しいものだったかを自認したいためにつどつど離れる作業を行うんだと思う。

島で生まれ育って島があれほど嫌いだったのに、いまや島を名乗ってイラストレーターとして活動している。

信じられる世界をたくさんみさせてくれて、美しい世界だけで育ててくれてありがとうございます。

人は大人になるにつれて、自分を守るための防壁を増やすことを覚える。傷つかないための予防線、騙されないための下心、損をしないための打算。

世渡りの知恵という名のもとに、誰もが少しずつ疑う技術を身につけていく。

けれど、つどつど立ち止まらせるたびに、自分の歩いてきた道を振り返ったとき、私の胸に満ちていたのは「疑うことを知らずに生きさせてくれた世界」への、静かで深い感謝だった。

疑いを持たずに育つことができたというのは、弱さではなく、もっとも強靭なギフトだったのだと思う。

悪意や計算を前提とせず、目の前の人を、差し出された言葉を、その場所の空気をただまっすぐに受け取ることが許されていた。

そのあたたかな土壌があったからこそ、私は世界の善意を信じるための根っこを、深く、強く張ることができた。

ときに世の中の無神経さにぶつかり、理不尽に掠り傷を負う夜もある。打算に長けた人たちを見て、自分ももっと警戒心を尖らせるべきなのだろうかと迷う瞬間がないわけではない。けれど、傷つくことを恐れて最初から疑いの眼鏡をかけて世界を眺めるくらいなら、私は何度でも無防備に、信じるほうの手を伸ばしたい。

結局のところ、人生を本当に動かしてくれるのは「信じること」の引力だけなのだ。

私にとって太陽のように圧倒的な存在だった祖母がいた。店先に立ち、やってくる人ひとりひとりの顔を見ては、境目のない優しさで迎えていた祖母の背中。言葉を飾ることもなく、裏をかくこともなく、目の前にいる人をただ丸ごと受け止め、当たり前のようにあたたかい手を差し伸べていた姿。誰かを疑ったり、損得を天秤にかけたりする必要のない世界を、祖母は自らの手のひらで、私の足元に広げてくれていたのだと思う。

そんな島の時間と、祖母のまなざしに守られて育ったことは、私にとって何物にも代えがたい大きな宝物だ。悪意や計算を前提とせず、目の前の人を、差し出されたごはんの湯気を、その場所の空気をただまっすぐに信じて受け取ることが許されていた。そのあたたかな土壌があったからこそ、私の心には、世界を信じるための根っこが深く、太く根づいた。

将来がどうなるか、この道がどこに繋がっているかなんて、誰にもわからない。遠い未来の不確かな約束に怯えて足をすくませるよりも、いま自分が立っているその場所を、全力で信じてみる。

いま握っている包丁の重みを、目の前で交わされる言葉の手触りを、今日という日の匂いを、微塵も疑わずに味わい尽くすこと。その場所の可能性を信じ、そこにいる自分自身を信じて、ただただ手足を動かし続けること。

疑いからは、保身しか生まれない。けれど、盲目的な愚かさではなく、覚悟を持って「信じる」と決めた瞬間から、人はその場所と深く結びつき、独自の物語を紡ぎはじめることができる。

未来はどこか遠くからやってくるものではなく、「いま、この瞬間を信じ切った時間の積み重ね」の先に、気づけば立ち現れているものだ。

だから私は、賢しらに疑う大人になるのではなく、いま目の前にある世界を、出会った人たちを、そしてこの足元を、どこまでも信じて動き続けたい。疑いを知らずに生きてこられた私の時間を誇りに、その信じる力のすべてを、今日という一瞬に注ぎ込んでいきたい。

目の前で交わすささやかな言葉を、この瞬間の匂いを、疑わずに愛おしむこと。祖母がそうしていたように、置かれた場所で両手をいっぱいに動かし、今日という日を信じ切って積み重ねていくこと。

未来はどこか遠くにあるものではなく、「いま、この瞬間を信じて注いだ熱量」の先に、ふっと灯りのように灯るものだ。疑いを知らない世界で私を育ててくれたあの島と祖母の愛を胸に、私は今日も目の前にある世界を、出会う人を、そして自分自身を信じて、やわらかく歩き続けていきたい。

こういうことは海賊王になってからいったほうがいいんだろうけど。祖母への感謝と島への感謝と共に。