昨日で仕事一区切りなので、午前中は予約の歯医者へ。三軒茶屋で予想外の雨。連続降雨記録は継続中だ。歯医者はメンテと検査。異常はないけど、歯磨きの不十分さを注意された。丁寧に磨いているつもりなのだけど、歯磨きは難しい。でもこれ以上、歯を減らしたくないので頑張ろう。

職場に行くと、私がアップデートしたアプリの使い方の問合せが一件。GUIがスクリーンに全部表示されない、ということ。思い当たる原因はあるのだけど、関西で仕事をしているリモートワーカー。まだ今の職場に来て一度も顔を合わせたことがない。旧知ではあるのだけど。女性で私より年次は二つくらい下だったか?同じ職場にいれば、PCとかITのリテラシー、レベルもすぐに分かるのだけど、離れているとまず、そこの確認から、となる。新しいツールを使おうとしてくれて、問合せもしてきてくれる「やる気」の人は今の職場で希少なので大事にしたい。オンラインで繋いで、まずPC環境の確認。ノートPCと外付けモニターを使って仕事をしていることが分かった。そして確認すると外付けモニター、ディスプレイの設定は「画面を複製」だった。せっかく拡張モニターを繋いで仕事をするなら、ディスプレイ設定は「画面を拡張」の一択だと私は思うのだけど、我が社においては、デフォルト設定の「複製」のまま使っている人間が多い。こういうことは社員必須研修で教育した方がいいと思うのだけど。

で、アプリの全画面がうまく表示できない、みたいな話は、だいたい小さいノートPCのディスプレイの問題であることが多い。今回の相談もディスプレイ設定を「複製」にしたら解決。

今日は先輩である部下からも「copilotの使い方を教えてほしい」という依頼があり、丁寧にレクチャー。AIというものは、人に教わらなくても、AIそのものに聞けば、使い方もいくらでも教えてくれるのだけど、そのあたりの入り口にまだ立っていない人が多いのだ。ましてや本で勉強する必要もほとんどないと私は思う。だけど、書店に行くと現在、AI関連の本は多種多様が平積み。あれを読む労力をかけるなら、AIに聞く方が楽で早いと思うけどなー。誰があれを買っているのか?高齢者?30年前の出立てのWindowsとかは、出てくるイルカとか役立たずで、自分で本買って勉強しないと全く使えないシロモノだったけど、AIは本質的に違う。まあでも、SNSとかには、賢い使い方教えます、みたいな広告が山ほど出てくる。ああいうのもどうかな?と思うけど。

単なる便利な検索マシンでもないし、単なる仕事効率化ツールでもない。そして何でも作れる楽しいオモチャ、ということも、一側面であって本質ではないと思う。

少し手ごたえがあったので、今日は早めに引き上げて、横浜を少しぶらぶら。新しいドーナツ屋があったので少し家族にお土産。しかし、次男と双子が食べそうなラインナップがない気がする。(笑)長女と長男なら、何でも食べるし、新しいものを喜ぶのだけど、いま家にいる3人は・・・

とりあえず今週はお疲れ。来週、また新しいことを。もう10月。色々急がなければ。

おまけ。

ここに載せるものなのか、よくわからないけど、AIと色々壁打ちしながら私が考えていること。そのチャッピーの途中まとめみたいな感じ。律令制が日本社会をどう不可逆的に変えた?みたいな論考を入り口に壁打ちしていたので、藤原不比等とか出てきますが、そこは気にせずに。(笑)

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AIは社会をどう変える?

AIの本当のインパクトは、「人間の仕事を速くすること」ではなく、「人間が知識・能力・ソフトウェアへアクセスするコストそのものを下げること」ではないかと思っています。

律令制が作ったのは「税制」だけではなく、列島規模の接続プロトコルでした。

インターネットが作ったのも「便利な通信手段」だけではなく、世界規模の接続プロトコルでした。

そしてAIも、今まさに別種のプロトコルを作り始めている。

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1. AIは「知識へのアクセス」を変えるだけではない

現在、多くの人がAIを、

「賢い検索エンジン」

「文章を書いてくれる機械」

「仕事を効率化する秘書」

として使っています。

もちろん、それだけでも巨大な変化です。

でも私は、そこが第1層にすぎないと思います。

その次に起こるのは、

「専門家でなければ扱えなかった知的道具を、専門家でなくても作れる」

という変化です。

ここは、まさにご自身が実際に経験されたことと重なります。

プログラミングを何年も勉強してからソフトウェアを作るのではなく、

「こういう仕事をする道具が欲しい」

と人間が定義し、

「ではコードにして」

とAIに実装させる。

すると、「ソフトウェアを作る能力」と「ソフトウェアを使う能力」の境界が崩れる。

これはかなり大きい。

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2. すると「個人」が急に強くなる

インターネット以前は、

情報を発信する

→ 新聞社・出版社・テレビ局などが必要

ソフトウェアを作る

→ プログラマーが必要

高度な調査をする

→ 大学・研究機関・図書館などへのアクセスが重要

映像を作る

→ 撮影・編集・制作スタッフ

という具合に、能力のボトルネックがありました。

インターネットはその一部を破壊しました。

AIはさらに、

「能力を実行するための人的コスト」

を破壊し始めている。

だから私はAI革命の本質を、

情報革命+知的労働の民主化

と考えています。

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3. そして「組織」の意味が変わる

ここがインターネット以上になる可能性があるところです。

インターネットは、

情報の流通コスト

を劇的に下げました。

AIはさらに、

知的作業の実行コスト

を下げる。

すると従来、

10人の会社

でなければできなかったことが、

2~3人+AI

でできるようになる。

さらに、

1人+AI

で以前なら小規模企業レベルだった仕事ができる。

これは企業組織の設計思想を変えます。

「人を何人抱えているか」が能力の指標ではなく、

「どれだけAIを含む知的ネットワークを構築しているか」

が能力になってくる。

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4. そして、ここから「自己増殖」が始まる

ここが律令制・インターネットとの最大の共通点だと思います。

AIが普及すると、

AIで仕事を効率化する

↓

時間が余る

↓

今まで採算が合わなかったことを試す

↓

AIを使った新しい道具を作る

↓

その道具でさらに仕事が速くなる

↓

さらに新しいことを試す

という循環が生じます。

つまり、

AIが人間の「挑戦コスト」を下げる

わけです。

これは以前おっしゃっていた、

「AIは人間の挑戦コストを下げる機械である」

という捉え方が、かなり本質を突いていると思います。

単なる生産性向上より、こちらの方がはるかに重要です。

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5. そして社会の「発見能力」が上がる

ここはまだ十分語られていないと思います。

AI以前には、

「こんなことできたら面白いんだけどなあ」

で終わっていたアイデアが大量にありました。

理由は、

作るコストが高すぎたから。

AIによって、

「とりあえず作ってみるか」

が可能になる。

すると社会全体で、

大量の小さな実験

が走り始める。

100個作って99個失敗してもいい。

1個当たればいい。

これは企業の研究開発だけではなく、個人ができるようになる。

ここが相当ヤバいところです。

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6. すると「専門家」の意味も変わる

専門知識そのものの価値がゼロになるわけではありません。

むしろ逆。

ただし、

「知識を持っている人」

から、

「何を問うべきか分かる人」

へ価値の重心が移る。

これは質問者さんのような、

  • 歴史的な変化を考える

  • 異分野をつなぐ

  • 「そもそもこの前提は正しいのか?」と疑う

  • 仮説を立てる

  • AIに調べさせる

  • 結果を批判する

  • また仮説を修正する

という人間の役割が、むしろ重要になる世界です。

AIが知識を大量に持っていても、

「その知識をどこにぶつけるか」

は別問題だからです。

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7. そして歴史的には、たぶん「中央集権化」と「分散化」が同時に起きる

ここも面白い。

AIは巨大企業が巨大モデルを作るという意味では、ものすごい中央集権化です。

一方で、そのAIを使えば、

個人や小組織が以前には持てなかった能力を持てる。

つまり、

AIそのものは中央集権化するが、AIを使った知的活動は猛烈に分散化する

可能性があります。

これはインターネットの、

巨大プラットフォーム化

と、

個人発信の爆発

が同時に起きたのと似ています。

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8. そして20年後に「AIブーム」を振り返ったら……

たぶん一番怖いのは、

「2020年代のAIブームは、AIそのものを過大評価していた」

という評価が出ることだと思います。

実際、

「AIは大したことない」

「期待ほど仕事はなくならない」

「幻滅期に入った」

という議論は今後も何度も出るでしょう。

でも、それと社会変革の大きさは別です。

インターネットも、

「ドットコムバブルが崩壊した」

↓

「インターネットは期待外れだった」

とはならなかった。

むしろ、

バブルが弾けた後の方が、本当に社会を変え始めた。

AIも同じ可能性があります。

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私なら、AI革命をこう予測します

第1段階:便利な機械

「文章を書いて」

「要約して」

「調べて」

↓

第2段階:知的労働の補助者

「一緒に考えて」

「分析して」

「コードを書いて」

↓

第3段階:個人の能力拡張

「自分には作れなかったものを作る」

↓

第4段階:個人・小組織の能力爆発

「少人数で以前の大組織並みの仕事をする」

↓

第5段階:組織そのものの再設計

「そもそも人間をこの人数、この部署構成で配置する必要があるのか?」

↓

第6段階:社会の実験速度が上がる

「思いついたら、とりあえずAIと作って試す」

↓

第7段階:AI以前の社会制度の方がボトルネックになる

教育

会社

資格

行政

著作権

研究制度

雇用

意思決定

……。

ここまで行くと、AIはもはや「IT産業の話」ではありません。

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そして、ここで律令制との比較が効いてきます。

律令制が列島を接続した結果、列島社会そのものが変わった。

インターネットが世界を接続した結果、世界社会そのものが変わった。

そしてAIは、

人間一人ひとりの「知的能力」と「外部知識」と「実行能力」を接続し始めている。

もしこの接続が十分に安価になったら、変わるのは「仕事のやり方」だけではありません。

「人間とは、何ができる存在なのか」そのものが変わる可能性がある。

だから私は、AIについて「インターネット級か?」と問われたら、

十分あり得る。ただし、インターネットとは違う方向から社会を変える可能性が高い

と答えます。

インターネットが「人間と人間をつないだ革命」だったとすれば、

AIは、

「人間と人類が蓄積してきた知識・能力・道具を、個人レベルで接続する革命」

になり得る。

そして本当に恐ろしいのは、その接続が完成した後に何がその上に乗るのか、まだ誰にも分からないことです。

これはまさに、律令制を設計した不比等たちが、数百年後に「自分たちが作ったネットワークの上で、こんな日本社会が出来上がるとは……」となったのと同じ種類の歴史的現象なのかもしれません。