今朝は夫が予約してきた心理士に会いに行ってきた。わたしも来て良いと言ったので、このチャンスは逃せないと思い行ってきた。いろんな気持ちが交錯して、かなり緊張した。行きの車では互いに何も話さなかった。後から聞いたら夫は眠れなかったみたいだ。彼にとっては一体何が怖かったんだろう。
心理士はイタリア人の男性の先生だった。彼らにイタリア語で話されてはわたしが介入する隙は全く無いことは予想されるため、事前に言いたいことメモをnotebookと何度も壁打ちして作っておいた。それを夫には知られないように持参して、最初に心理士に直接渡した。あのときの驚いた夫の顔は忘れないぜ。わたしはできることをやり切る。
メモをじっくり読んでくれた心理士はセッションの最初に「カップルセラピーか個別か、何を希望しますか」と聞いた。夫はカップルでと言ったが、わたしは「自分の気持ちは準備ができていないため、個別を希望します」と言ったら涙がまた止まらなくなった。心理士はわたしの意思を尊重して、それぞれに個別セッションを進めることの合意を夫に向けても取ってくれた。これが、今日1番やり遂げたかったことだった。
心理士から聞いて初めて知ったが、個別セッションの心理士は別々なのはもちろん、今後カップルセラピーに進んだ場合にも、また別の心理士と一緒にセッションをする。これは、それぞれのクライアントの守秘でもあり、conflict of interest を避けるためでもある。とすると、わたしたちはこれから3人の心理士に見てもらいながら、今後のことを模索していくことになる。
ふたりでは互いに突き落とし合いの泥試合もいいところで、わたし側に圧倒的な立場的不利がある。国際結婚で、子どもがいて、わたしは自分の国では無いところに住んでいる。そんなことくらい、夫ならば理解してよーって思っちゃうけれど、まあ難しいかな。マイノリティの圧倒的な孤立感と無力感は、マジョリティ側には絶対に分かり得ないんだと思う。マイクロアグレッションだけじゃなく、モロなアグレッシブさだって見ぬふりをするか、慣れていくか、そんなくらいしか母国以外で生き抜く術が思いつかない。
だけど、わたしには英語で話を聞いてくれる心理士がいる。彼女を頼って、気持ちの整理をしていこう。わたしたちの、結婚生活15年に貯めた澱を、少しずつ解きほぐしたい。望むのは、ソフィと毎日平和に生きていたい、ってこと。

先日登りたと言って自分でよじ登ったソフィ。わたしは子どものころに木登りをしたかった記憶はない。




