
ここ連日おいしいものを食べまくっている。食慾の秋ってことでいいじゃないか。写真はOKでみつけたココナッツ党のイチオシです。固さがサイコー!久しぶりにカレンダー通りにはたらくのがドキドキ。平日のランチを謳歌できないのもかなしいし、前働いていたところは最後の数年はフレックスが導入され、それはまー好き勝手やらせていただいていたので、ちゃんと朝いつも同じ時間に通勤すること自体久しぶりすぎてドキドキだったりする。大丈夫かしら。やっていけるかしら。
そういう転職ブルー(っていうの?)のせいか未来のこともやや不安気味。明日明後日と来年度の園見学があるのだけど.....全国すべての園を見ているわけじゃないけれど、引っ越し前にかよっていたこども園、いざ離れてみると良しな部分だけでなく悪しの部分もいい意味で見えてきて。そのうえで、地域差なのか、なんなのか、今通っている園も、一時保育で行っていた園も、その前後に見学に行った複数の園でもカルチャーショックを感じた。後者では、あまりにも「保護者様」「子ども様」を感じるのだ。対して昭和みを感じるこども園の離れて気づいた悪しの部分はというと“ウチの子にとっては”負荷が大きかったのかもなぁということ。後者では「子ども様」の対応のおかげで楽しく負荷なく通えていると思う。おかげさまで環境の変化による行き渋りも1週間でかんなりスムーズになった。そして子ども園では口すっぱく言われていた身の回りの諸々が、引っ越してからはどこに行っても「もうできるの?!すごい!」といった具合。そして子どものペースが一番という考え。それはそうなんだけど.....ありがたいんだけど.....その時に「子どもにだって人権がある」っていう話を聞くと、そんなのは大前提の上で話がしたい、と正直なる。大前提っていう時点でその“人権”の認識が、もしかしたらわたしは弱いのかもしれない。だけど、子どもってスキなものをとことん食べたかったりするじゃない。たしかにそれを止める方が逆効果になることはあるけれど、だされたものは食べる、作ってくれた人に感謝する、がベースの方が生きていく上で大切じゃなかろうか?もちろん昔の小学校の給食みたいな、残したら掃除の時間だろうが居残り!みたいなのは“人権”侵害だと思うけどさ。子どもの自然な欲求を大切にするって言われてしまうと、幼児にたいしてはある程度大人のコントロール、導きが必要なのではなないかと思ってしまう。まぁ、そんなこというならそういう園にいれたらいいでないのって話なんだけど、どちらも経験すると結局どちらが良いのかわからない。どちらでも良いような気もする。どちらでもそれなりに子どもはたくましく育つのだろうと。
お昼すぎに迎えにいけるのならば、今まで通り自分の感覚と合う園を選べばいいのだろうが、長時間預けるとなると長時間預けられても子どもが疲れない1日として組まれている園の方がいいのかもしれない。自分が選んだ職場、自分で選んだ時間配分、それでもやっぱり色んなタイミングでよくわからなくなる。
保育園に通うようになって今1年半、たった1年半なのに5年以上は経った気がする。来年度から通うとしたら3年間、倍だ。そして保育園は自分では簡単に選べない。選ぶ立場にほぼない。幼稚園ですら、今検討している園には面接がある。幼稚園で延長保育を使えても制度や助成がいろいろ違う。園の方針に共感できても、延長保育は委託だったりする。とりあえずくまなく情報収集をして、もれなくエントリーして、それから合否があるわけだからそれに沿っていくしかない、って思っていたけれど、いざ園を変えるとあまりにも教育方針が違うので、悩み始めてしまった。
まぁこんなのもとりあえず明日明後日見学を終えてから考えればいいものを、つい頭をめぐらせてしまう。ヒマなのかな。いつも自ら苦しい方へ。
ひとつ自分の記憶で指標になるのは、大人が良い場所だと思っても子どもにとってそうとは限らないってこと。小学3年生から通っていた塾は、今思えばなかなか競争社会だった。毎週テストを受けて席順が変わる。前から成績の良い順。そしてクラスも成績順なのでずっと成績が悪いとドンドン落ちていく。小学校3、4年自分と同じく「なんとなく」入塾した学校の友人は「合わないから」という理由でどんどん辞めていって、結局同じ小学校から通っている友人は1人だけになってしまった。その「合わないから」というのが当時いまいちピンとこなかった。別の塾に行ったときいて「なんで?」となっていた。自分にとっては学校の先生の何倍も面白い先生たちの授業が好きだったし、成績よくて前になれば嬉しく、悪くて下がってもたいして落ち込まなかった(おかげでどんどん成績がさがっていったが勉強に飽きたという感じだった)。色んな合う合わないがある、先生、友達、校風、距離。そう考えるとある意味どこも一緒なのかもしれない。
つまり大事なことは家庭で教えればいいのだ、今の園もとにかく0.1.2は見学、3.4.5歳でしっかり体験というフシがある。前の園は年齢関係なく、色んなことに触れさせる方針だった。小さいからできない、とかなかった。もちろん園の事情はあるのだろうけれど、色んな2歳がいるだろうに2歳だから経験できないってしっくりこない。
もちろん園になにかいうことはないし、先生もめっちゃ良い人に感じる。忖度も感じる。つまりないものねだりか。先生にポリシーを感じないからなのかな、あくまでも私たちはお客様という感じがさみしいのかな。平和だというのに。
泥臭い生き方をしたけれど、正直もうそんなに元気がない。平和が一番だし、なにより子どもがソレを求めていないかもしれないのに、何かが足りない。これは自分だけの生活でもいつも感じているから、もう仕方ないのかな。あきらめて、この不満のようなエネルギーをコンポストとか、前やってたけど今できていないこととかに力注げばいいのかな。学童の仕事をしている母は毎日現場にたっているがゆえの現代社会への警鐘をならしてくるけれど一方で保育業界が「サービス業」なんだからという諦めの現実的な視点も教えてくれる。そりゃそーか、今時アプリより手書きの連絡帳の方がうれしいっていう保護者はいないのだろう。




